第13話 魔王の秘書さん 前編


 そうだ、星降りフェアをしよう。

 なんて事をランプストーンで思いついた僕は、戻って来て直ぐに『星降り』に相談をした。


『星降りフェアかー。いいなー。お揃いの名前だから照れるなー』


 浮かんだアイデアと共にフェアの名前を話すと『星降り』はそんな風に喜んで賛成してくれた。

 なので今日はお客さんを待ちながら、フェア用のメニューを考えているんだ。


 時間帯は『夜』かつ名前が『星降り』となると、やっぱりそれにちなんだものが良いよね。

 夜間帯だからアルコールとのセットも入れても良いかもしれない。

 旅の最中に食べたワインと合わせて美味しかった料理だと、焼いたパンにトマトやチーズ、ハーブを乗せたブルスケッタとか、果実酒なら使われている果実で作ったパイとか。

 ……うん、いいんじゃないかな。

 そんな事を考えながら、僕はノートにカリカリとメモをして行く。 


 そうしていると、カランコロンとドアベルが鳴って、お客さんがやって来た。

 本日最初のお客さんだ。


「いらっしゃいませ~」


 ノートを閉じて顔を上げ、挨拶をする。入って来たお客さんを見ると、そこには魔王の秘書であるマリアンヌさんがいた。

 ふわりとした薄い金色のロングヘアが、午前中の日差し照らされてキラキラと輝いている。身に纏っている白色のブラウス、そして長めのフィッシュテールスカートが、淑やかなマリアンヌさんにとても良く似合っていた。


 ……本当にいつ見ても綺麗な人だなぁ。

 そんなマリアンヌさんは僕を見て、頬に手を当ておっとりと微笑む。


「こんにちは、レオナルドさん。お店、良いですか?」

「こんにちは、マリアンヌさん。もちろん大丈夫ですよ」


 カウンターから出て、マリアンヌさんを席へ案内する。

 日当たりの良い窓際の席だ。彼女はいつもその席に座るのである。

 僕は水とおしぼり、メニュー表を持って彼女のテーブルにそっと置いた。


「あら、今日は私が最初のお客さんなんですね」


 店内を見てマリアンヌさんは少し嬉しそうにそう言った。 


「はい。一番乗りです」

「まあ、うふふ。今日は良い事がありそうですわ」


 そうそう、マリアンヌさんが一番最初のお客さんというのは珍しい。

 いつもならロザリーかディのどちらかが「一番乗り!」なんて競うように来てくれているから。

 今日はまだかなぁなんて思ったら、自然と目がドアの方へ向く。

 するとマリアンヌさんがくすりと小さく笑う。


「魔王様と姫様は、今日は魔王城で缶詰めなんですよ」


 そしてそう教えてくれた。

 お、おおう、見透かされている……!

 何だか気恥ずかしくなって、僕は頬を指でかいた。


「あ、あははは、そうなんですか。あの二人が缶詰め……」


 缶詰めというのは、魔族領で行われている食品保存の技術の一つだと、カフェにやって来たここの学者さんが教えてくれた。

 結晶缶クリスタロと呼ばれる筒状の道具に、一度加熱殺菌した食品を入れて密封する事で、長期保存を可能にしているのだそうだ。

 ただ結晶缶クリスタロにすると、食品の味自体は多少劣化してしまうらしいんだけどね。この辺りはまだまだ改良中らしい。 


 アストラル王国では食材や食品を保存する時は氷結魔法を使うのは一般的なんだけど、ずっと効果があるわけじゃない。

 五日に一度は氷結魔法を掛け直さないと効果が解けてしまうので、管理を怠ると悲しい事になる。

 だから結晶缶クリスタロを初めて見た時は驚いたなぁ。


 それで話は戻るけれど、マリアンヌさんの言った缶詰めというのは、実際にロザリーやが缶に詰められているいうわけではなくて。

 主に仕事とか何かしらの作業がある時に、結晶缶クリスタロのように部屋に籠って頑張っている、という意味合いで使われる言葉らしい。

 つまりロザリーとディは仕事漬けという事だ。大変そうである。


「ディ……じゃなかった、魔王とロザリーが缶詰め……」

「うふふ。魔王様が許可なさっているのですから、お名前で呼んでいただいて大丈夫ですよ」

「それではお言葉に甘えて、そのまま呼ばせていただきますね。でもそうか、缶詰め……ふふ」


 想像して何となく面白くなってしまった。

 だけどそこで「あれ?」と思った。

 ディはともかくロザリーは何をしているんだろう。ほぼ毎日抜け出しているからそんな印象はないんだけど、彼女は一応、囚われの姫だったよね……?


「姫様には孤児院への支援として、シープフェルトでハリネズミのぬいぐるみを作って貰っているんです。お上手なんですよ?」


 するとマリアンヌさんがそう教えてくれた。

 ……あれ? 僕は何も言っていないような……。無意識に言葉にしていたのか?

 ついさっきもそうだけど、考えている事がマリアンヌさんにしっかり伝わっている。


「僕って分かりやすいですか?」

「うふふ。仕事柄、何となく考えている事が分かるんですよ。でも……そうですね。レオナルドさんは正直ですから。分かり辛い殿方よりも、可愛くて素敵だと私は思いますよ」


 か、可愛い……。

 マリアンヌさんに褒められるのは嬉しいけれど『可愛い』は男としてちょっと考えてしまう。さすがにそういう年齢でもないしな……。

 でも、うん、褒められた部分は素直に受け取っておこう。


「ありがとうございます。……でも、そうか。姫らしい仕事ですね」

「ええ。姫様の作るぬいぐるみは、孤児院の子供達に大人気なんですよ」

「へぇ、今度見てみたいですねぇ。でも、あの……」

「どうしました?」

「いえ、あの……囚われの姫なんですよね?」

「囚われの姫ですねぇ」


 うふふ、とマリアンヌさんは微笑む。

 何というか、やっている事が囚われていない姫と同じような気がする。

 そんな疑問を抱いていると、


「ちなみに姫様が作った分は、ちゃんと魔王城で買い取っているんですよ」


 マリアンヌさんはそうも教えてくれた。

 つまりアルバイト感覚という事だろうか。ますます囚われの姫のやる事ではない気がする。

 けれど、まぁ、やる事がないのって、なかなか辛いんだよね。

 ロザリーにやる気があって、お金も稼げて、魔族領の子供達も喜ぶのならそれで良いかもしれない。


「もしかしてロザリーが支払ってくれるお金って」

「ええ。そのお金ですわ」

「なるほど……。前払いで金貨をいただいていた時は驚きました」

「ああ……。実は姫様は、その……金銭感覚がちょっと……」


 マリアンヌさんはそう言葉を濁した。

 確かに姫のような立場にいれば、お金を支払う事は知っていても、実際の相場とかは知らないかもしれないね。

 ……魔王城の人たちなら安全だと思うけれど、それ以外の人からロザリーがお金を騙し取られないか、少し心配になって来たな。

 また今度買い出しに行く事があれば、ちゃんと許可を取った上でロザリーを誘って、一緒に買い物をしてみるのも良いかもしれない。


「……うん、よし。今日はこれにしようかしら」


 そんな話をしていると、マリアンヌさんの注文が決まったようだ。

 彼女はメニューを指さして、


「それではこの……サンドイッチとコーヒーをお願いしますね」


 と、相変わらずおっとりした笑顔で言った。

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