第14話 魔王の秘書さん 後編
サンドイッチは作りやすい料理の一つだ。
まずは今朝焼いた長方形のパンを薄く切ってバターを塗って、そこへレタスとトマト、それからスライスしたハムを挟む。
レタスはシャクシャクとした食感とボリュームが出るように多めに、トマトは少し大き目に切って、ハムは緩く折り畳んでおく。
以前に旅先で薄くスライスしたハムがふんわりと挟んであるサンドイッチを食べた事があるんだけど、食感が面白かったから参考にさせて貰ったんだ。
サンドイッチって食べやすいから、そのうちの具材のバリエーションを増やしたいなと思ってる。魚のフライとか、
パンの素材を変えて食感や味に変化をつけるのも面白いかもしれない。
ちなみにサンドイッチって、食事より絵を描くのが好きな貴族が考えたものらしいよ。
その人、誰が何を言ってもちっとも食事をしないから、見かねた彼の奥さんが「なら片手で食べられるものなら良いでしょう」って、パンに野菜や肉を挟んで出したところ「これは良い!」と嬉々として食べてくれたって話だ。
その貴族の家名がサンドイッチだとか。
料理について書いてある本のサンドイッチのページには、右手に木炭を、左手にサンドイッチを持ってキャンバスに向かう挿絵が添えられている。
まぁ後日談としては、どこへ行ってもそうしようとするものだから「行儀が悪い!」と奥さんに叱られていたらしいけどね。
……なんて思い出している内に具材を挟み終わったので、食べやすい大きさになるようサンドイッチを包丁で四つに切って皿に盛りつける。
今日の付け合わせはムーンストロベリーだ。
ムーンストロベリーというのは、三日月の形をした爽やかな甘酸っぱさのある苺のこと。
月の光を浴びて育つ植物で、成長していく過程で三日月、半月、満月と、形や甘さが変化していくのが特徴なんだ。
その過程で使い方も違うんだけど、三日月形が生で食べるのに一番適している。
さて、これで完成だ。
コーヒーと一緒にマリアンヌさんの所へ運ぶとしよう。
最初の頃は落とさないように緊張をしていたけれど、カフェを開いてしばらく経つからか、我ながら配膳スキルも上達して、安定して運べるようになった。
「お待たせしました!」
「ふふ、お待ちしておりました」
テーブルに置くと、マリアンヌさんは微笑んでくれた。
「あら、ムーンストロベリー。私、大好きなんですよ」
「あ、それは良かったです!」
マリアンヌさんはにこにこ笑いながらサンドイッチを手に取り、上品に一口食べた。
「美味しい! うふふ、レオナルドさんのお料理、いつも美味しいですね。特にこのパンが好きですわ」
料理とパンを褒められて、僕は心の中でガッツポーズをした。
特に今日のパンは、良い具合に焼けたなと思っていたから、マリアンヌさんにも伝わって嬉しい。
「魔王様たちが毎日通いたくなる気持ちも分かりますわ」
「ありがとうございます。僕も二人が毎日来てくれるのが楽しみなんです。……その、お仕事が滞ってしまっていたら申し訳ないんですけれど、二人が顔を見せてくれると元気が出るんですよ」
今日は『缶詰め』らしいロザリーとディを思い浮かべながらそう言うと、マリアンヌさんはくすりと微笑んだ。
「レオナルドさんはいい人ですね」
「はは、どうでしょう。頑固だとはよく言われるんですけどね」
僕がそう言うと、マリアンヌさんは微笑んだまま、首をゆるく横に振った。
「それも含めていい人だと思いますわ。……本当はね、最初の頃、少し警戒していたんですよ。レオナルドさんは元でも勇者でしたから」
少しだけ申し訳なさそうに言う彼女だったが、それは当然の事だろうと思う。
元でも何でも僕は勇者で、魔王や魔族領の敵だったからだ。
僕が勇者である事は、ディには早々にバレていた。
魔王である彼が知っているのだから、その情報を集めたのは恐らくディの部下であるマリアンヌさんたちだ。
彼らの敵である元勇者が、突然、魔王城の前に勝手に店を構えたのである。当時はかなりピリピリしていたのではないかと思う。
……あの時の僕は、若干自棄になっていたというか、変なテンションのスイッチが入っていたというか。とにかく自分でもずいぶん思い切った事をしたなと、今なら思うよ。
魔族領側の人たちが警戒するのは当然だし、その上で何もされなかった事の方が奇跡的だ。恐らく排除する等の話は出ていただろうからね。
その上で、僕は見逃されていたんだ。
「ええ。分かっています。僕だって同じ立場であったら警戒しますから。特に、扱っているのは食べ物ですし」
僕がそう言うと、マリアンヌさんが少しだけ困ったように笑った。
安心させた上で食べ物に毒を混ぜて……という事もあり得なくない。
食べ物を粗末にするような真似は嫌いなので僕はしないけどね。
魔族領にとって勇者は敵だ。ずっと昔からそういう関係だった。
勇者をクビになったからと言って「だから安全だ」なんて楽観視する事はないだろう。
けれど、今その話をしてくれたマリアンヌさんの口調は穏やかで「警戒していた」と過去形でもあった。
鈍い鈍いと言われた僕だから自信はないけれど、多少は信用してくれているんじゃないだろうか。
「……魔王様も姫様もあなたを気に入っていて、もしかしたらそういう作戦なのかとも考えましたけれど、そうじゃない。あなたはいい人ですわ。ですから、こちらを」
そう言って、マリアンヌさんは『アストラルタイムズ』と書かれた新聞を手渡してくれた。
これはアストラル王国内で発行されているもので、僕もよく読んでいた。
何故マリアンヌさんがアストラルタイムズを持っているのだろうと少し考えたけれど、情報収集の一環で持っていてもおかしくはない。
「これは?」
「本日、ここへ来た理由の半分です。そこの記事を読んでください」
マリアンヌさんに促され、新聞に目を落とす。
そこには僕が映った写真と一緒に『元勇者と魔王が手を組んでいる』と大きな文字で書かれていた。
「この記事は……」
「つい先日、発行されたものらしいです」
言われて改めて日付を見れば、なるほど確かに、一週間ほど前に発行されたものだ。
……そう言えば、結構前に『星降り』が、誰かに見られていたって言ったっけ。
あの時の気配の正体は、どうやらこの写真の事だったらしい。発行するまで少し時間が掛っているな。
写真というのは魔法の一種で、指定した箇所の風景を特殊な紙に念写する事が出来るんだ。
本人の魔力は魔法の腕次第だけど、遠くを念写しようとするとぼけてしまうのだと、元仲間の魔法使いに聞いたことがある。
新聞の写真のぼやけっぷりを見る限りでは、大分遠くから念写したものだと思う。
僕は本人だから分かるけれど、知らない人が見たら「これは誰?」ってなるくらいのものだね。
一応、魔導ラジオみたいに魔導光画機という専門の道具もあるんだ。
それを使えば道具なしで念写するよりもはっきりと写す事は出来るんだけど、あれは近くを念写するもので遠くは無理だったと思う。
念写された方向とぼやけ具合から考えると、これはアストラル王国内から撮られたものと考えて良いだろう。
そんな事を考えながら記事を見ていると、写真の端の方にイニシャルがサインされている事に気が付いた。
念写の魔法はその性質上、他人のプライベートを暴くために使われる事もある。
確かその事で昔、王族絡みの大きなトラブルがあって、それからイニシャルを入れるのが決まりになったんだよね。
もっとも、イニシャルだけでは誰が念写したのかは特定が難しいんだけど。
この新聞の写真にはR・Lというイニシャルがサインされている。
うーん、R・Lか。僕の元仲間の魔法使いのイニシャルが、ちょうどそんな感じなんだけど……さすがにないと思いたい。
あの子は追い打ちをかけるようなタイプじゃなかったし、ここまでは……しない……と思うんだけど……。
……いや、でも聖女に頼まれたらやるかもしれないな。
まぁ、それはそれとして。
この新聞の記事自体は少し不味いなと思っている。
勇者をクビになった一件で、アストラル王国内での僕の評判は下落の一方だ。
その状態で、さらにこの新聞記事が出てしまったとなると、良くない。
アストラル王国と魔族領は昔からとても仲が悪い。
国の中でも魔族領の話が出る度に、皆が毛嫌いしていた覚えがある。
僕もね、最初は「そんなものなのかな」と思っていたんだ。
でも僕は魔族領へ来て、ディたちと接するようになって、彼らが噂通りの凶悪な者たちではないという事を知った。
凄い人たちなんだろうけど、普通に接すれば、普通に友人になれる――種族の違いはあっても僕たちと何も変わらない人たちだった。
けれどアストラル王国内の人たちにはそんな事は分からない。
昔から敵としてい存在している相手だと、そう認識しているはずだ。
これはしばらく故郷には帰れないかもなぁ……。
あと次に買い出しに行く時はもっと用心するか、魔族領の方に切り替えるか考えた方が良いかもしれない。
扱った事がない食材が多いから、しばらく研究しないとな。
「……大丈夫ですか?」
そんな事を考えていたら、マリアンヌさんが心配そうに声をかけてくれた。
「あっ、ええ、はい。買い出しをどうしようかなって」
「え?」
僕がそう答えると、マリアンヌさんの目が丸くなる。
たぶん彼女が聞いたのはそういう事じゃないからだろう。
だけど僕にとっての目下の心配は、食材等の買い出しと、魔族領への印象のことだ。
自分自身の事なら、勇者をクビになった時の諸々で受けたショックの方が大きいからね。手を組んでいると言われてもさほど動揺はしない。
「それより魔族領の方は大丈夫ですか?」
「ええ、うちの方は相変わらずですわ。攻めてくる等でなければ、特には」
「そうですか。良かった……って言ったらアレかもしれないんですが、良かったです」
魔族領に問題がないなら良かったと、少しほっとしていると、
「やっぱり、レオナルドさんはいい人ですね」
マリアンヌさんはそう言ってくすくすと笑った。
そして、
「レオナルドさんが元勇者でよかった」
と言ってくれた笑顔が先ほどよりもずっと柔らかくて胸に沁みた。
勢いではあったし、多少自棄も入っていたけれど、僕も魔族領に来て良かった。
そう思いながら僕はもう一度新聞へ目を落とす。
……この記事が原因で荒事が起きた場合の事を、少し考えないといけないな。
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