エピローグ
それから数日後の夕方。
カフェはいつも通り穏やかな時間が過ぎていた。
警戒はしていたんだけど、あの後はアルフィンたちが再びやって来る事もなかった。ルインが一緒にいないからか、念写らしき魔法の気配もない。
「諦めたのかなぁ」
「あいつらー、そういうタイプだったかー?」
「そういうタイプではなかったねぇ」
なんて『星降り』と話していると、ふらっと出かけていたルインが新聞を持って戻って来た。
アストラル王国で発行されている、例の記事が載っていた新聞社の新聞だ。
「レオさん、これ」
ルインはそう言って新聞を渡してくれた。
何だろうかと思って開いて読むと、そこには大きく「先日の元勇者と魔王の記事については間違いだった」と訂正された記事が載っていた。
ついでに記事の出所は聖女たちで、その事でシメオン王子からしっかりと注意を受けた、とも書かれている。
驚いてルインを見ると、
「レオさんに迷惑かけたから。魔法使い仲間に協力してもらったの」
彼女は申し訳なさそうにそう言った。どうやらルインが何か働きかけてくれたらしい。
「いや、ありがとう。……良かった、これでディ達の心象が少し戻ると良いね」
「戻ると言ってもー、元々ー、マイナスだけどなー」
「でも人の感情って、マイナスにいくらマイナスをかけたって、プラスにはならないからねぇ」
アストラル王国との事は、今後、色々な調整をしなければいけないけれど、ひとまず新聞記事の件は落ち着いて良かったと思う。
僕がほっとしていると、ルインも安心したように笑ってくれた。
「ところでレオさん、今は何をしているの? すごい料理だね」
「ああ、うん。ほら、この間のお礼の料理を作っているんだ」
「……あ、そうか、今日だっけ。こっちの事を考えていたら、忘れてた」
目をぱちぱちと瞬きながら、ルインはずらりと並んだ料理を眺めている。
そうなのだ。今日は『星降り』を直すために手伝ってくれた皆へ、お礼をする日なのである。
カフェの営業の合間に料理の材料を揃えたり、飾りつけをしたりと、なかなか忙しかったけれど、何とかパーティーの準備を整える事が出来た。
ロザリーやディたちがリクエストしてくれたメニューを用意して、ランプストーンの町で買ったランプを飾って。
ディが魔王城に人たちも誘うと言っていたので、人数が多くなりそうだったから、カフェの外にもテーブルを用意している。
「レオさん、並べるの手伝うよ」
「いいの? ありがとう、ルイン」
するとルインからありがたい申し出があったので、お言葉に甘える事にした。
そうして料理を作って、テーブルに並べてを繰り返している内に、夜空に星が瞬き始めた。
暗くなってきたのでランプを灯す。ふわりとした灯りが、幻想的に辺りを彩ってくれた。
「レオ、来たよ。パーティ楽しみ」
「今日はちゃんと仕事を終わらせてきたぞ、すごいだろ!」
「魔王様、いつもしていただきたい事なんですよ?」
「うっ」
「あはは。皆、いらっしゃい!」
時間が近付くと、ロザリーたちがやって来る。
そして皆が揃ったら、パーティーは始まった。
◇ ◇ ◇
「いえーい! 酒もっと持ってこーい!」
「ひゅー! おつまみさいこー!」
魔族領の皆は。そんな風にご機嫌に料理を食べながら、お酒を飲んでいる。
ちなみにあのお酒はうちのものじゃない。うちはアルコール飲料の取り扱いはしていないからね。
あれはディとマリアンヌさんが、魔王城にあるワインセラーから持ってきてくれたものだ。結構な年代物のワインらしい。
「親父のだし、もういねーから別にいいじゃんなー」
「そうですわね。それにせっかくのパーティーなんですから、飲まないともったいないですわ」
二人はそんな風に言っていた。
い、いいのかなぁ……。ある意味でそれ、形見のようなものじゃない……?
そうは思ったが二人が良いというなら、良いという事にしておこう。
『おーいレオー、そろそろあっちのテーブル、料理がなくなるぞー』
「えっもう!?」
ぎょっとしてそちらを見ると、確かに山盛りのパスタの皿がもうなくなりかけている。
これは急がねばと僕はキッチンに戻った。
そうしていると、お店の中でルインと楽しそうに話をしながら大きなクッキーを食べていたロザリーが、ちょこちょこと僕の方へ近付いて来る。
「レオ、忙しい? 私、手伝おうか?」
「ありがとう、ロザリー。だけど僕がお礼をする側だから、ロザリーは座っていてい大丈夫だよ」
「そう? ……それじゃあ、ちょっとだけここにいて良い?」
カウンター席を指して言うロザリー。
特に断る理由もなかったので僕は頷く。
すると彼女はちょこんと椅子に座った。
さて、追加の料理はどうしようかな。
パニーニを先に出しておいて、その間にパスタや肉料理を用意した方がスムーズかな。
よし、そうしよう。
そう決めて、材料を包丁で切り始めると、ロザリーがじっとそれを見つめている。
……じっと見られると何だかちょっとだけ緊張するね。
「レオの手、やっぱりすごいね」
「そう?」
「うん。レオの手は魔法の手。美味しいものをたくさん作れる、レオはすごいね。私、レオ、大好き」
そして、ふわり、とはにかんだ。
その笑顔に僕は顔に熱が一気に集まるのを感じた。
……いや、たぶんこの言葉に、深い意味はないのだろうという事は僕にも分かる。
けれども真っ直ぐに誉め言葉をもらえるのは嬉しいし、ちょっとだけ照れくさい。
「ねぇレオ。私ね、ずっと、レオの料理が食べたい」
「うん。僕もずっとここでロザリーに僕の料理を食べて欲しいな」
「そっか」
「うん」
「なら、私、ウェイトレスさんするね」
「うん?」
……何か変な話になって来た気がする?
あれ? と僕が思っていると、ロザリーはちょこちょこ歩いてカウンターに入り、先日と同じエプロンをしゅるりと身に着ける。
「ロザリー?」
「頑張る」
ふんす、とロザリーは両手でそれぞれ拳を作り、気合を入れている。
……どうしてこうなったのかよく分からないのだけれど。
何だかロザリーが楽しそうなので、まぁ、いっか。
それを見ていたらしいディが楽しそうに「へーえ」と言った声が聞こえた。
「……まぁ場所が分かればどこでもいいか。っていうかよ、そうか。式は直ぐの方が良いのか? 人間の寿命は短いからさぁ」
「魔王様、まだまだ気が早いですわ。まだそこまで行っていないでしょう? それにこういう大事な事は、ゆっくり準備をしなくては」
『そうかー、嫁さんかー、レオも大きくなったなー』
……何だか魔王達まで変な事を言っている気がする。
ついでににやにやと微笑ましい眼差しを向けられているけれど……ぜ、ぜったい何か勘違いされている気がする。
「いや、あの、皆?」
「レオ。これ運んでいい?」
「あ、大丈夫だよ。重いから気を付けてね」
「うん」
こくりとロザリーは頷いて、パニーニの乗ったお皿を運んでいく。
『ねぇレオ。私、ずっとレオの料理が食べたい』
後姿を見守っていたら、先ほどの彼女の言葉が頭の中に浮かんだ。
(いらないと言われた僕だけど)
ここにいて良いと言ってくれる人たちが出来た。
この光景を見ていると胸が温かくなる。
友達ができた。
居たい場所ができた。
できればずっと、僕がおじいちゃんになっても。
「ねぇ『星振り』」
『どうしたーレオー』
「僕さ、いらないって言われて良かった。……ここへ来られて、すごく幸せだよ」
『そっかー、良かったなー、レオー』
「うん!」
END
追放勇者の『星降り』カフェ~元勇者は魔王城の周辺でカフェを開きます~ 石動なつめ @natsume_isurugi
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