第22話 星の精霊
その半透明な人物は、星のように瞬き輝く長い銀髪を揺らしてそこにいた。
女性か男性か、見た目でははっきり断言が出来ないくらい、中性的な容姿をしていた。
便宜上、彼、と呼ばせてもらうけれど、その人は穏やかな笑顔を浮かべ、僕たちを見ている。
「レオ、その人は誰?」
ロザリーにそう聞かれて、僕は返答に困ってしまった。
まったく見覚えのない人物だったからだ。
ただ『星降り』を直している最中に現れたのだから、その関係者だとは思うのだけれど……。
そんな事を考えながら、少し呆気にとられていると、
「うむ、結構ギリギリだったー」
と、わりとのんびりとした明るい口調で彼は言った。
あれ? この声、とても聞き覚えがあるぞ……?
「もしかして……『星降り』なのかい?」
「おう。そうだぞー、レオ―」
確認をするように名前を尋ねると、彼はニカッと笑顔を浮かべて頷いた。
「ああ、良かった……。声がそうだと思ったら驚いたよ。人間の姿にもなれたんだね」
「そうかー? ……そう言えば、レオの前では初めてだったかー。前にこの姿になったの、いつだったっけなー」
『星降り』はそんな事を言いながら、自分の身体を見まわしていた。
少なくとも僕が出会うよりずっと前の言い方っぽいなと思った。
安堵と驚きが、息とともに口から出る。とにかく『星降り』が無事で良かった。そう思っていると、ルインが困惑しながらこちらを見て来る。
「え? え? レオさん『星降り』って、魔剣じゃなかったの?」
「うーん、僕もそう思っていたんだけど……驚いたねぇ」
「……あまり驚いているたように聞こえないよ、レオさん」
「あはは、驚いてはいるよ。でもさ、もともと『星降り』は僕たちの言葉を話していたじゃない?」
「うん」
「魔剣に声帯がないなら、どこから声が出ているんだろうって、ずっと謎だったんだ。だけど逆に人の姿になれるなら、喉も口もあるし、ちょっと納得しちゃったんだよね」
魔剣だからそういう感じで声を出しているのではないだろうけれど。
でも、何となく今まで抱いていた疑問が解決された気がして、ちょっとすっきりした。
そんな風に応えていると、ルインは呆れた顔になった。
「やっぱり驚いていない……」
「そうでもないんだけどなぁ」
彼女の言葉に苦笑していると、
「あー、やっぱりなぁ」
今度はディが、恐らく僕とは違う事に対して納得した様子でそう言った。
そう言えばディは直している時に、予想がどうのって言っていたっけ。
「ディ、やっぱりって何?」
「ああ。魔剣に込められた魔力のような力だよ。あれなー、どうも気になってたんだがよ。たぶん、そいつ、精霊の類だわ」
「え?」
彼の言葉に目を丸くして、僕は『星降り』を見る。
すると『星降り』は頷いて、
「そうだぞー。我こそはー安寧と安眠を司るー、星の精霊だー」
なんて腰に手を当てて胸を張り、機嫌良さそうにそう言った。
どうだ、すごいだろうと言わんばかりの表情である。
「ほ、星……!? 星って、あの、だいぶレア級の精霊……」
『星降り』の名乗りに、ルインが目を剥いてわなわなと手を震わせる。
……この子がこんなに驚くのを見たのも初めてかもしれない。
精霊というのは、魔力を持った植物や鉱石、大きいと泉や山などから生まれる生き物だ。
厳密に言えば生き物とは少し違うんだけど、便宜上、生き物と呼ばれている。
彼らは自然の癒し手とも、
そんな精霊の中で、星の精霊は少し特殊な存在になる。
空に瞬く星の光。その光にも魔力が込められている。
そしてその魔力を伴った光が地上まで届き、長い年月をかけて、形を成したのが星の精霊だ。
生まれる確率は低く、また実在している数もだいぶ少ないと言われている。
ひと目見る事が出来ただけで
その星の精霊が『星降り』だった、らしい。
「なるほど、だから綺麗だったんだね。生きていて良かった」
そんな『星降り』を見上げ、ロザリーがそう言った。
すると『星降り』は嬉しそうに笑う。
「おー。ロザリーは、よく分かってるなー。さすが姫様だなー。なー、レオ―」
「……ふふ。うん、そうだね『星降り』」
精霊と聞いて驚いたけど、よくよく考えればそこは大したことではなかったね。
ロザリーの言う通りだ。
『星降り』は『星降り』だし、彼が消えずに、死なずに残っていてくれて良かった。
色々驚く話はあったけど、大事なのはそこだ。
「ありがとうね、ロザリー」
「うん。『星降り』は良い子。レオも良い子。ディとは大違い」
「何だと!」
「はいはい、喧嘩しない喧嘩しない」
やんわり二人を宥めていると『星降り』は、
「じゃー、そろそろ元に戻るかなー」
と言った。
次の瞬間『星降り』の身体からカッと強い光を放たれて、気付いた時には、剣の形をした彼がそこに浮かんでいた。
「どういう原理……?」
「魔剣に魔力が込められているんじゃなくて、魔力が魔剣になったって感じなんだろ」
「言葉にしても意味が分からないよ」
首を傾げるルインに、ディは腕を組んでニッと笑う。
「それが魔剣ってもんだ。長い年月研究されていたって、半分くらいの魔剣は訳分らんで片付いてるんだぞ」
「研究者泣かせ過ぎる……」
「ほんとだね。だけど」
僕は宙に浮かぶ『星降り』に手を伸ばて柄を握る。
うん、しっくりくる。ちゃんと『星降り』だ。
ようやく実感が湧いて、
「『星降り』が直って良かったぁ……」
と、握ったまま、安心してため息が出た。
本当に、あのまま『星降り』が、僕の両親のようにいなくなってしまったらどうしようかと思った。
「良かったね、レオ」
「うん。ロザリー、ディ、ルイン。みんな、ありがとう」
僕がお礼を言うと、ロザリーとディは満面の笑顔で、ルインは少し申し訳なさそうに、それぞれ笑ってくれたのだった。
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