第3話 カフェを開こうと思うんだ

 

 魔王城へ行こう。

 そう決断した僕は、すぐさま行動に移した。


 まずは王都から離れた村へ向かい、手切れ金として受け取った金貨で馬車を買うことにした。

 移動や荷物を運ぶために必要だったからだ。


 早急に動いたこと功を奏したようで、その村にはまだ勇者がクビになった話は届いていなかった。

 ほっとしつつ、金額に色をつけて交渉をする。

 すると、馬と馬車を一台、快く譲ってもらうことができた。


「いやぁ、ちょうど客車を新しくしようかなと思っていたからさ、ありがたかったよ」


 とのことだ。代金を多めに提示したのも良かったのだろう。馬も、穏やかで力の強い良い子を譲ってもらえた。


 馬車を手に入れたら次は食料や食器、調理器具にテーブルや椅子を購入した。

 せっかく知らない場所に行くなら、違う仕事をしてみたいと思ってね。そのために、必要なものも一緒に揃えておこうと思ったんだ。

 もらった金貨は、ほとんど使い切ってしまったけどね。

 それらを馬車に積み、僕と星降りは、魔王城へと出発した。


 魔王城までの道中は、びっくりするくらい穏やかだった。

 何かに急かされることのない日々は、ずいぶん久しぶりのように思う。

 星振りとのんびり話をしつつ、気楽な旅を続けて――それから二週間後に僕たちは魔王城の近くへと到着した。


「ここが魔王城かぁ」


 魔王城の手前、おおよそ五分ほどの距離に馬車を止める。

 そこから魔王城を眺めた。

 肉眼で見る魔王城は優美で、もう少しおどろおどろしい見た目を想像していたから、意外に思った。


『なぁレオ~、さすがにここは近すぎないか~? 怒られるぞ~?』

「まぁ、何とかなるよ。それに、あまり離れていても、お客さんが来てくれないかもでしょう?」

『お客さん~? ここで何をする気なんだ~?』

「ふふ、いやぁ、実はね。ここでカフェを開こうと思って」

『カフェ?』


 僕がそう答えると、星降りからきょとんとした声が返ってきた。

 ――そう。僕はここで、カフェを開こうと思っている。


 カフェを開いて、料理を作って、お客さんに美味しいねって喜んでもらう。

 それが、子供の頃に抱いた、僕の夢だったりする。


 きっかけは、僕の両親が料理人だったからだ。

 僕の故郷は、アストラル王国の王都からずっと離れた田舎町で、両親はそこで小さい食堂を営んでいた。


 お世辞にも裕福とは言えなかったけれど、父と母の作る料理は美味しくて。その料理を食べに来てくれたお客さんたちは誰もが「美味しいね」って笑っていた。

 その顔を見るのが好きだった。だから僕も、両親のようになりたいと、ずっと思っていたんだ。


 だけどある日、僕の村は魔物の襲撃にあった。

 僕の何代か前の勇者が、倒し損ねた手負いの魔物が、村に雪崩れ込んだのである。

 大小合わせて数十匹の魔物たちが、村で暴れ回った。


 その時、村には何人かの冒険者が滞在していたけれど、彼らだけで対処できる数ではないのは明白だった。

 村の人たちも、力を合わせて戦ったが――無理だった。

 魔物たちは力尽きるまで暴れ回り、村のあちこちを破壊し、人を食い殺し――そして最期は、自らが追っていた傷で死んだ。


 冒険者も、村人も、ほとんどがその事件で命を落とした。

 その中には僕の両親も含まれている。

 僕の両親は、魔物に襲われながら、最後の最後まで僕を守って死んだのだ。


「大丈夫、大丈夫よ、レオ。私達が守るからね」

「ああ、大丈夫だ。それにあの魔物だって、ちょっと興奮して暴れているだけだ。少しすれば大人しくなるさ」


 唸り声を上げる魔物の牙に、爪に、体を抉られながら両親は、そう言って怯える僕を励まし続けてくれた。

 痛かったはずだ。

 苦しかったはずだ。

 それなのに悲鳴すら上げず、両親はただただ笑って、僕を元気づけてくれたんだ。


「大丈夫……大丈夫だ……。だからな、レオ、ナルド……恨むんじゃ……ない……ぞ……」


 それが両親の言葉だった。

 僕を抱きしめる両親の腕が、肌が、どんどん冷たくなっていく。

 僕は泣きながら、ただそれを感じるしかできなかった。


 僕は両親を守れなかった。守りたかった。

 でも何も出来なかった。何の力もなかった。

 だから僕は冒険者になった。

 二度とあんな思いをしたくないし、誰かにさせたくなかったから。


 強くなろうと様々なことを学んだ。

 剣の師匠から、敵の殺し方だって教えてもらった。

 ……だけど、それを使うことは無かった。

 両親が最期に僕に恨むなと言ったからだ。

 その言葉は、今も僕の胸に深く刻んである。


 悔しかったし、悲しかったあの記憶は、今だって忘れていない。

 だけど両親が僕に恨むなと言ったのだ。

 だから僕は恨まないし、殺さない。両親が最期に伝えてくれたその言葉を守りたかったから。


 まぁ、そうして今、こうなっているんだけどね。

 勇者をクビになって、もういらないと放り出されたことは悲しかったけれど、それをいつまでも悔やんでいる暇はない。

 今さらいくら考えても悩んでも、もう終わってしまったことだからだ。


 もしも仲間たちの不満に、もっと早く気が付いていたらと考えたことはあるけれど、それでも僕は自分を曲げなかっただろう。

 だから『もしも』があったとしても、それは結局、同じことだ。


 悔やんでいる時間があるなら、前を向いた方がずっと有意義だ。

 そうして次にどうしようかを考えて――あの頃の夢を実現しても良いんじゃないかと思い付いたんだ。

 だから僕はこれから、子供の頃の夢だったカフェを開こうと思う。


「さて、それじゃあ、『星降り』。お願いできるかい?」


 僕はそう言いながら、『星降り』を抜いた。

 まるで妖精の羽のように、透き通った美しい刃が、太陽の光に煌めく。

 僕の言葉に星降りは、


『おうとも~、まかせとけ~!』


 と元気に答えてくれた。

 それからすぐに『星降り』全体が、眩い光を放ち始める。

 光はゆっくりと周囲に広がって行き――やがてそれが収まると、僕の目の前には洒落た一軒屋が建っていた。

 『星降り』のデザインとよく似た、上品な建物だ。


『これでいいか~、レオ~?』


 建物から『星降り』の声が聞こえてくる。

 僕はその声に、


「うん、バッチリだ。いつ見ても、惚れ惚れするくらい良い仕事するね『星降り』。ありがとう」


 とお礼を言った。

 

 この建物は何か――というと『星振り』である。

 何をどうしたら剣が建物に代わるのかと訊かれれば、それはもう「そういうもの」としか言いようがない。


 『星振り』は『魔剣』の類である。

 魔剣はそれぞれに違う不思議な力を持っている。

 しかし、何も攻撃することだけに特化しているわけではない。

 形を変えるもの、人の姿を取るもの、知識に特化したもの……本当に、それぞれが秘めた力は様々なのだ。


 その中で、この『星振り』がどんな力を持っているかと言えば、見ての通り、建物に変化することができる。 

 彼のおかげで、僕は旅の最中、雨に打たれることもなく、魔物の襲撃を警戒することもなく、安心して休むことができたのだ。


『ふはは~照れるな~。もっと褒めていいんだぞ~』 

「最高に素敵でかっこいいよ『星振り』」

『ふっふ~ん!』


 僕が褒めると『星振り』はご機嫌に鼻歌を歌い始めた。

 彼は歌が上手くて、良い声をしている。


「ふふ。……さて、がんばりますか!」


 僕はパンと手を叩くと、馬車に積んだ荷物を『星降り』の中へ運び込む作業を、開始するのだった。

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