第14話 親友とのデート(1)


 記憶喪失。


 僕がここ数日間体験していた違和感に、答えが示された。


 少なからず状況が一歩前進した夜が明け――翌朝。


 本日は土曜日。


 学校は休みである。


 昨晩はあんな感じになったけど、僕は母さんと一緒にテーブルに着き、朝食を食べていた。


「……夜空」


 どこかぎこちない空気が流れる中、母さんが口を開いた。


「もしも不安なら、引っ越す?」

「………」


 真実の発覚から一晩が経った。


 母さんの目元には、クマが浮かんでいる。


 今、母さんは心底心配した目で僕を見て、そう定案してきた。


 ……やはり、彼女は僕の母親で、本当に僕の心を気遣ってくれているのだということがわかった。


 でも……。


 僕は思い出す。


 震える手で自分の服の裾を掴んできた楓先輩の事を。


「いや、まだこの街にいようと思う。自分がどんな人間だったのか、知りたいんだ」

「……そう」


 母さんは目を細めた。


「記憶を失ってから、日常生活を送れる程度に回復したけど、アナタは昔とだいぶ性格が変わった。内気で臆病で、自分に自信の無い子になったと、正直思っていたわ。でも、もしかしたら、根底の部分は変わっていないのかもしれないわね。こうして危機に直面しても、なんだか、心の強さのようなものが窺えるわ」


 昨夜、僕の知らなかった過去の出来事、そして、その結果直面している現在の境遇を聞いた母さんは、そのドラマのような展開に若干の興奮状態だった。


 でも……本当は母さんも、僕のことを一番に心配してくれていて――。


「それに、こんなに面白い局面を迎えたっていうのに逃げ出すなんて勿体ないしね。実に楽しみだわ」

「………」


 前言撤回。


 やっぱりこの人、この状況を楽しんでいるだけかもしれない。


 そこで、シュポン♪と、僕のスマホが鳴る。


 メッセージアプリが受信をした通知だ。


 珍しい。


 現状、友達なんて一人も居ない僕なので、メッセージアプリに着信があるなんて心当たりが無いのだが……。


 そう悲しい思考を行いながら、僕はスマホの画面を見る。


 送り主は、ひかりさんだった。


「………あ」


 そういえば、結局バスケ対決は僕が敗北したので、約束通り明日はひかりさんと遊びに行く約束をしていたのだった。


 その時にアプリのアカウントも交換していた事を、今思い出した。


 シュポン♪


 シュポン♪


 シュポン♪


「ちょ、ちょっと待って……?」


 そう思っている間にも、スマホの着信音は止まらない。


 鬼のようにメッセージが爆撃されてくる。


「なに? なんだかスマホから凄い音がしてるけど。もしかして、女の子からのお誘い? この前の子?」


 母さんは、春歩さんのことを言っているのだろう。


「違うよ、別の子と遊ぶ約束があって……」

「なんだと?」


 瞬間、母さんが目を光らせる。


「その子も女の子?」

「ま、まぁ、そうだけど……」

「ほほう」


 母さんは更に目を光らせて僕を見る。


「……なに?」

「いえ、この街に戻ってきた途端に、いきなり女の子二人と仲良くなるなんて……今後の展開に期待できると思ってね」


 ……どういう意味の期待だろうか。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 その後、母さんから「せっかくのデートなんだから」と、外出用の新しい服を一緒に買いに行き、更にふんだんにお小遣いまでもらった。


 いや、デートじゃなくて友達と遊びに行くだけ……と訂正するが、母さんは完全にデート扱いしている。


 なんだかやけに嬉しそうだった。


 ――そして、翌日。


 待ち合わせ場所は、駅前の時計台の下。


「………」


 改めて思ったが、僕としてもこうやって友達と遊びに行くというのは初めての経験だ……記憶にある限り。


 ここ一年、根暗な性格が災いして友達なんてできなかったし。


 しかし、記憶を失う前の自分は、普通の性格だったと聞く。


 ならば、その頃は普通に友達も出来ていたのか。


 いまいち思い出せないが……。


「おっつー、お待たせ夜空ー」

「あ……」


 そう考えていると、ひかりさんがやって来た。


 ひかりさんは、当然だが私服姿だ。


 パーカーにハーフパンツ。


 肩からショルダーバッグをひっさげ、キャップを被っている。


 ひかりさんにバッチリ似合う、メンズライクな服装である。


「うわー、なんだか久しぶり。夜空と一緒に街に出るの」


 そうテンション高く叫ぶひかりさんを見て、僕は「そ、そうなんだ……」と苦笑いする。


「んじゃ、行きますか」

「あ、ええと、うん」


 ということで、早速僕とひかりさんは一緒に歩き出す。


「ええと、ひかりさんは、どこか行きたい場所があるの?」

「ううん。全然」


 僕が問い掛けると、ひかりさんはサラッと答えた。


「ぶっちゃけ、ノープランなんだよねー。ごめんね、アタシから誘っておいて。逆に、夜空の好きなとこならなんでもいいよ」

「うーん……僕も、特には」

「そっか、じゃあ、自由気儘にブラッとしますか」


 そう言って、無垢に笑うひかりさん。


 この気の置けない、ただ一緒に居るだけで楽しい感じ……なるほど。彼女が『友達にしたいランキング一位』なのもわかる。


「よっし、じゃあゲーセン行こうよ」


 ということで、ひかりさんに連れられ、着の身着のまま大型のゲームセンターへと向かう僕達。


 ひかりさんは、本当に自由だ。


「ゲーセンに行こう」と言ったくせに、途中で神社を見付けると「お参りしてこう!」と飛び込んでおみくじを引いたり。


 結局ゲーセンには行かず、ミニシアター系の映画館に入ったり、けれど結局映画は観ずに出たりと、行き当たりばったりな行動を取る。


 でも、その引っ張り回されている感じが、僕としては嫌じゃ無く、楽しかった。


 自分が記憶のあった頃は、彼女とこうして良い友人関係を築けていたのだろうか。


「……あ」


 そこで、僕はふと思い出す。


 そうだ、自分はひかりさんに、事故で記憶喪失になっているということをまだ打ち明けていない。


 どうしよう?


 言うべきか、言わないべきか……。


 せっかく楽しんでいるのに、いきなりこんなこと打ち明けられても迷惑じゃ……。


 いや、でも、言わないと。


「どしたん? 夜空」


 誰も居ない公園の中、鉄棒に挑戦していたひかりさんは、僕が黙り込んでいる事に気付く。


「……ひかりさん」


 意を決し、僕は言う。


「聞いて欲しいことがあるんだ」

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