第13話 一年前(2)
「母さん、教えて。僕は、昔どんな人間だったの?」
スポーツに自信が無かったはずなのに、ひかりさんから簡単にボールを奪ったり。
弱腰で臆病なはずだったのに、不良相手にあんな威勢の良いセリフを吐いたり。
昔の僕とは、一体何者だったのだろう。
どんな人間だったのだろう……。
すると、母さんは僕の質問に対し首を捻った。
「どんなって……至って普通の男の子だったわよ」
「そんな馬鹿な!」
僕は叫ぶ。
母さんは、思わず仰け反る。
「それだけじゃ、ないでしょ」
僕は慌てて声量を落とし、母さんに再度確認する。
しかし、母さんは首を傾げるばかりだ。
「何か、格闘技とかやってたんじゃないの? もしくは……本当は、不良だったとか」
「え?」
「この前、多分、昔の記憶を思い出したのか、体が当時の感覚を思い出したのか……バスケのボールが止まって見えたり、不良を喧嘩であしらったりしたんだ。僕は、一体何者だったの?」
「………」
しかし、それを聞いた母さんは相変わらずのきょとん顔だ。
「え、なにそれ、知らない……」と、遂には口に出してしまっている。
「昔の夜空は温厚で真面目で、うーん……性格も今よりは明るくて、でも特に問題児って感じじゃなかったわよ? 別に、何か事件に巻き込まれてたとかも知らなかったし」
「……え」
「……ねぇ、夜空」
そこで、母さんは何かに気付いたようにジロリと僕を見る。
「逆に、アナタは昔この街に住んでいた頃、私にも内緒にしてたことがあったんじゃないの?」
「え?」
まさか、そっち?
母さんも知らないパターン?
どうやら、母さんが秘密にしていたのは記憶喪失に関する事だけで、この街で僕がどんな人間だったのかまではわからないらしい。
少なくとも、品行方正で普通の人間だったという。
むしろ、母親も知らないような本性を隠し持ち、この街で限られた人々にだけその姿を見せていたということだろうか……。
まるで、漫画やアニメの主人公みたいに。
「これは……中々奇妙ね」
そこで、母さんは顎に手を当て、真剣な声音で言う。
「私の息子、実は記憶を失う前はとんでもない喧嘩の達人だったとか、スポーツ万能少年だったとか、もしくは何らかの能力者だったとか? そんな展開があったの?」
「……母さん、もしかしてこの状況を楽しんでる?」
何やらブツブツと胡乱な事を言い始めた母さんに、僕は恐る恐る尋ねる。
「当たり前でしょう? こんな情報が開示されて、盛り上がらないわけが無いわ」
母さんは興奮気味にそう言った。
どうやらこの母親、自分の息子に家族も知らない秘密の一面があったことに、気味悪がったり心配したりするどころか、むしろわくわくしているらしい。
流石は出版社編集。
好奇心が凄い……って、褒めればいいのかな?
しかし、何はともあれ、今まで感じていた違和感の一端はわかった。
僕は昔、この街に住んでいた。
そして、その頃の記憶を喪失している。
この街に戻ってきたことで、当時の人間関係が関与し、少しずつ昔の記憶(というか、人格?)も戻りつつある。
……しかし、謎は深まるばかりだ。
僕は昔、この街にいた。
母さんからの情報によると、おそらく中学二年生まで。
その頃、自分は一体この街で、何をやらかしていたのだろう?
そして、あの美倉三姉妹との間で、どんなイベントを経由していたというのだろう?
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