第16話 不良再び(1)


 ひかりさんと遊び回った休日が明け――その翌日。


「楓先輩?」

「……お、おはよう」


 いつものように、大角学園最寄りの駅で降り、学校へと向かっていた僕は、その途中で楓先輩と遭遇した。


 いや、遭遇というより、楓先輩は僕を待っていたようだ。


 先日、偶然出会ったと時と同じ場所で、電信柱の影に隠れるようにして待ち構えていた。


「夏野君……」


 僕の姿を確認すると、楓先輩は不安そうな表情で駆け寄ってきた。


 至近距離に接近され、ジッと顔を見られる。


 彼女の流れるような黒髪から、シャンプーの良い匂いが漂ってきてドキッとした。


 ……前々から思っていたけど、楓先輩ってパーソナルスペースが狭すぎないかな?


「ど、どうしたんですか? 楓先輩」


 内心緊張しながら、僕は尋ねる。


「あれから、何もなかった?」


 なにやら僕の身を心配している様子で、楓先輩は尋ねてくる。


「体は大丈夫?」

「何か、妙なことはされてない?」

「誰かに付きまとわれてる感じはする?」


 などなど。


「ど、そうしたんですか、楓先輩……一体、どうしてそんなこと聞くんです?」


 動揺する僕を見て、そこで楓先輩は我に返ったようだ。


 シュン……と体を縮こませて、おずおずと呟く。


「この前の、あの悪い人達……夏野君に、何か復讐をしてないかって、心配で……」


 ああ……なるほど。


 どうやら、先日絡んできた不良達が、生意気な態度を取った僕に何かしら報復をしていないか、それを心配してくれていたようだ。


 確かに思い返してみれば、突発的とはいえ彼等のメンツを潰すようなマネをしてしまったのだ。


 顔も覚えられているし、制服から学校も知られている。


 襲撃されても不思議では無い――とも考えられる。


「一応、今のところは大丈夫です」


 そう報告すると、楓先輩はほっと胸を撫で下ろした。


 しかし、そう言われると僕も不安になってくるな……。


「……あ、そうだ」


 それも重要だが、楓先輩に伝えなくちゃいけないことがあったんだ。


「楓先輩、実は、話しておかなくちゃいけないことが」


 僕は楓先輩に、僕が記憶喪失であること。


 そのため、彼女との間にあった記憶を、綺麗さっぱり忘れてしまっていることなどを話した。


「……記憶、喪失……」


 流石の楓先輩も衝撃を受けたようだ。


 クールな相貌を崩し、目を丸めている。


「ビックリ、しますよね」

「……うん。でも、だとしたら、ちょっと気になることがあるのだけど」


 そこで楓先輩は、思案するように口元に手を当てながら、言葉を発した。


「この前、夏野君が、あの人達を軽くあしらった時……」

「ああ、あの時」

「夏野君、凄く強かった。昔の姿と変わらなかった。本当に、記憶を失ってるの?」

「ううん、それなんですけど……」


 あの瞬間、僕の体に異変が起こっていた。


 例えるなら、昔の僕が一瞬だけ顔を出したような。


 自分は記憶を喪失している。


 そして、その喪失した記憶は、ひょんな出来事を切っ掛けに復活するのかもしれない。


 母さんもそう言っていたし……。


「そういえば、話題がトントン拍子で変わってしまって申し訳ないんですが……そもそも、あの不良達と楓先輩との間には、何か因縁があるんですか?」

「………」


 僕が尋ねると、楓先輩は顔を曇らせる。


「彼等は、誰かが楓先輩を探していると言っていましたけど、その人物との間に何かしらの因縁があるんですか?」

「………」


 問いかけるが、楓先輩は口を閉ざすばかりだ。


 あまり、言いたくないのかもしれない。


「いや、嫌なら言わなくても全然大丈夫です」


 楓先輩の表情を見て、僕は慌てて引き下がる。


「――!」


 その瞬間、僕は背筋が凍りつくような、途轍もない殺気を感じ振り返る。


 気付くと、僕達の周囲を包囲するように、何人ものガラの悪い男達が集まっていた。


 しまった……。


 左右、前後、完全に囲まれている。


 男達の中には、見覚えのある寝癖パーマと金髪剃り込みの姿も。


「もしかして、待ち伏せされてた……」


 今し方話に出たばかりの、楓先輩と因縁のある不良軍団だった。

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