第17話 不良再び(2)


 通学路の途中――人通りの少ない商店街の一角。


 ガラの悪い不良達に包囲され、僕は全身を硬直させる。


 おそらく、先日と同じこの場所を通ると思われ、待ち伏せされていたのかもしれない。


「う……」


 最悪の状況を前に、背筋が凍る。


 隣の楓先輩も表情こそキッと強く保っているものの、殺気立つならず者達に包囲され、流石に動揺が伺える。


「よう、楓」


 そこで、不良達の中から一人の男が進み出てきた。


 逆立てた銀髪はハリネズミのようで、レンズの丸いサングラスを掛けている。


 白地に黒いラインの入ったジャージ姿。


 だぼっとした服装だが、かなりの高身長で体格も大柄だ。


 どこか、周囲の不良達とは一線を画す雰囲気。


 察するに、彼等の親玉と思われる。


神崎かんざき……京二けいじ


 楓先輩が、苦々しい表情で彼のものと思しき名前を呼んだ。


「久しぶりだな、会えて嬉しいぜ?」

「……私は嬉しくないわ」


 楓先輩の返事を聞き、神崎はケタケタと笑う。


「まぁ、そう言うなよ。昔はあんなに仲良かったじゃねぇか」

「……変な事を言わないで。あなたが勝手に私に付きまとってただけじゃない」


 そうだっけ? ――と、神崎はおどけて見せる。


「なぁ、楓。俺、まだお前のこと諦めてねぇんだよ」

「………」

「俺の女になれよ」

「……嫌」


 ハッキリ言い放つ楓先輩。


 神崎は大袈裟な仕草で両腕を広げる。


「おいおい、随分強気だな! 言っておくが、今の俺が“一年前”と同じだと思うなよ。あれから時間は掛かっちまったが、力は十分蓄えた」


 周囲の仲間――いや、部下か。


 不良達を見せびらかすように、神崎は楓先輩を威圧してくる。


「もう俺に逆らえる奴なんてそうはいねぇ。反抗的な態度は控えた方がいいぜ?」


 ……状況を、何となく理解する。


 この不良の親玉、神崎京二は楓先輩を我が物にしようとしている。


 しかも、かなり昔から付きまとわれているらしい。


(どうしよう……)


 周りを取り囲う不良達は10人20人どころではない。


 逃げられる隙間も無さそうだ。


「……あ?」


 そこで、神崎の視線が僕に向いた。


 ここまで来て、やっと僕の存在に気付いたようだ。


 楓先輩との再会を心待ちにしていた様子だったし、気付かなくても仕方が無い。


 ただでさえ影も薄いし。


 以前遭遇した金髪剃り込みと寝癖パーマを一瞥する。


 二人とも、ニヤニヤした顔で僕を見ている。


 流石に、僕に手を出して逆襲に遭った事は仲間内でも話していないだろう。


 この場でついでに、僕もリンチにして憂さを晴らすつもりなのかもしれない。


「………」


 楓先輩を見る。


 恐怖で身を震わせる彼女の姿を見て――覚悟を決める。


 僕は彼女と神崎との間に立ち塞がる。


 強く神崎を睨み付ける。


「何だお前」「邪魔だ、すっこんでろよ」等、僕の行動に対し、不良達の中から怒号が発生する。


 正直怖くて仕方がないし、ビビり散らして足も震えている。


 それでも、僕は懸命に立ち向かう。


 勝算があるわけじゃないが、相手の意識が僕に集中すれば、楓先輩が逃げる隙が生まれるかもしれない。


 その後僕の身がどうなるかは……正直想像もしたくないけど。


 けれど、自分の中には、自分も知らない“あの”自分がいる。


 その眠っている部分が目覚めてくれることに賭けてでも、楓先輩のために立ち向かえ――と、自分を鼓舞する。


「……ん?」


 そこで、僕は違和感に気付いた。


 神崎が。


 目の前の神崎京二が、僕を見て動きを失っているように見える。


 両目を見開き、顔から余裕の笑みを無くし。


 そう……どこかビビッているような。


「お、お前……」

「………」


 もしかして……。


 この神崎京二と僕との間にも、過去に何かがあった?


「京二さん?」

「どうしたんですか?」


 そうこうしている内に、周りの不良達も違和感に気付き始める。


 隠しきれない神崎の狼狽が、伝わっているようだ。


「まさか、京二さん……」

「び、ビビってねぇよ!」


 神崎は、仲間達に威勢良く吠える。


「あの」


 僕は、思い切って神崎に声を掛け、一歩近付く。


「おわぁああああああ!」


 凄い勢いで引き下がられた。


 これはもう、何かがあったこと確定かもしれない。


「……い、行くぞ!」


 すると、神崎は僕達に背を向け、動揺混じりに部下達へ指示を出すと、凄いスピードでその場から歩き出した。


 仲間の不良達も半信半疑な雰囲気になりながら、「京二さん?」と後を追って去って行く。


 後には、僕と楓先輩だけが残された。


 ……過去の僕。


 一体、神崎相手に何をしでかしたんだろう……。


 まぁ、何はともあれ、この場はどうにかなった。


 僕はホッと胸を撫で下ろす。


「やっぱり……」


 そこで、楓先輩が呟いた。


「やっぱりあの時、夏野君が私を助けてくれたのね」

「え、それは、どういう……」


 楓先輩の発言に、僕は聞き返す。


「………」


 しかし、先輩はまた黙り込んでしまった。


 確かに、話したくないのであれば無理に言わなくてもいいとは言ったけど……。


 気になってしまう。


 僕と楓先輩、そしてあの神崎との間に、何があったのか……。


 謎は深まるばかり、だが、何となく予測は出来る。


 楓先輩は、あの不良の親玉、神崎に無理やりな好意を向けられていたこと。


 そして、楓先輩はそれに困らされていたこと。


 おそらく、過去の僕が何かをしたということ。


 その行いを、過去の僕は楓さんにハッキリと伝えておらず、けれど楓さんは何となく、僕の行いだとわかっていたということ。


(……ややこしいな)


 ……しかし、僕。


 あの超怖い不良を引き下がらせるって……。


 本当に、過去一体何があったんだ。


 どんどん、僕の存在が何だったのかわからなくなってくる。

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知らない内に、僕は学園の美人三姉妹を惚れさせてしまっていたようです 機村械人 @kimura_kaito

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