第18話 教師(1)


 神崎京二率いる不良軍団の襲撃に遭ってから、数日が経過した。


 現在、僕の学校生活は滞り無く経過している。


 あれ以来、不良に再び絡まれるということも起こっていない。


 楓先輩の身も大丈夫なようだ。


 とはいえ、また何時、どこで何が起こるかわからない。


 ただでさえ僕自身、過去の自分が何者で何をやらかしてきたのか……ちょっと予測が付かない段階に入ってしまっている。


 警戒は怠らず、注意深く対応しなければ。


 ……そう思っていた矢先、思い掛けない場所で事件が起きた。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 ある朝。


「あ……あれ」

「うぁ……最悪」


 大角学園高等部校舎へと登校中だった僕が、校門前に差し掛かった時のことだった。


 同じく登校中の、前を行く生徒達の間だからそんな声が聞こえてきた。


 見ると、校門の前に大柄な男性が仁王立ちしているのが見える。


 校門を潜る生徒達は、その人物に挨拶をしながら足早に通り過ぎていく。


 ジャージ姿で、片手には竹刀を持っている……何だか、古くさい体育教師みたいな格好の人物だ。


 いや、実際、その表現で合っているのだけど。


(……確か、体育の田山先生……)


 そうだ、この前、ひかりさんから聞いた記憶がある。


 この学校の嫌な行事の一つ。


 体育教師の田山先生が、定期的に抜き打ちの身だしなみチェックを行っているのだと。


「おい、お前」


 ちょうど、一人の女子生徒が田山先生に呼び止められた。


「スカートの丈が短すぎる、直せ」

「は、はい……」

「何をしている、この場で直せと言っているんだ。校則違反の格好のまま登校するつもりか」


 ゴリラのように厳つい見た目に、上から圧を掛けるような雰囲気と喋り方。


 単純に威圧感が凄く、女子生徒も言うことを聞くしか無い。


「おはようございます……」

「声が小さい! それでも男か!」

「お、おはようございます!」


 小さい声で挨拶をした小柄な男子生徒が叱られている。


 竹刀で足下の地面を叩き、怒声を浴びせられ、彼は慌てて挨拶をやり直した。


 ……ううん、これは。


 ひかりさんが苦々しい顔をしていたのもわかる。


 何て言うか、昭和時代の嫌な風潮が残っているというか……。


 そもそも、あの田山先生自体、生徒の間での評判は悪い。


 ただ厳しすぎるというよりも、厳しくする生徒を選んでいるというか、特定の生徒にばかりねちっこく指導をしているという噂だ。


 ……多分、僕みたいな生徒が標的にされやすいんだろうな。


(……ここは存在感を消して、目立たないように……)


 僕はできるだけ気配を殺し、できるだけ他の生徒達に紛れる形で校門を通過する。


「おはようございます」


 大きくも小さくも無い声量で挨拶し、足早に通過する。


「おい」


 ……見付かってしまった。


 案の定、田山先生にとっては僕みたいな生徒が正に獲物らしい。


 重い足音を立たせながら、大柄な人影がこちらに歩み寄ってくる。


 僕は観念し、顔を上げる。


「お前、朝から辛気くさい顔をしやがって。こっちの気分が――」


 そこで――だった。


 田山先生は僕の顔を見た途端、言い掛けていた言葉をピタッと止めた。


 驚いたように大きく目を見開き、顔に汗が滲み出している。


 ……こ、この反応は。


 ……いや、まさか。


「あの、何か……」

「い、いや、何でも無い、行け」

「………」


 どこかおどおどとした態度になった田山先生は、それだけ言って元の立ち位置へと戻っていった。


 見逃されたようだ。


 ……まさか、まさかだけど……。


 あの教師とも、過去に何かあった、なんて事があるのか?

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