第15話 親友とのデート(2)


「なに?」

「僕は……その……記憶喪失なんだ」


 一瞬、空気が停止する。


 ひかりさんは「え?」というようなポカン顔をしていた。


「え、ええと……冗談?」

「………」

「……じゃないよね、その顔は」


 僕の真剣な表情を見て、ひかりさんも察してくれたようだ。


 僕は説明する。


 昨夜母さんから聞いたばかりの、自分の身にまつわる事実を。


 約一年前に記憶を失い、療養のためにこの街を離れた。


 実生活を送る程度に回復して来た矢先に、母さんが仕事の都合でこの街に戻る事になった。


 失われた記憶は曖昧だが、少なくとも、この街にいた頃の記憶はまるで無い。


 ひかりさんとの間に何かがあったのかもしれないが、それも忘れてしまっている。


 ……と。


 ひかりさんは、ショックを受けた表情をしていた。


「……ごめん」


 その顔を見て、僕は思わず謝る。


「今日まで打ち明けられなくて……ひかりさんは僕との再会を凄く喜んで、仲良く接してくれてたのに、正直、僕はずっと違和感を覚えてた。ひかりさんとの思い出が、全く無かったから……」

「そう、だったんだ」


 ひかりさんは、おずおずと言葉を紡ぐ。


「そっか、だからなんだかちょっと違和感があったんだ……でも、謝らないでよ、夜空。夜空は悪くないんだから」


 そう、笑顔を浮かべてひかりさんは言ってくれた。


「もしよければ、僕とひかりさんとの間に何があったのか……教えて欲しいんだ」


 僕は尋ねる。


 美倉三姉妹は、それぞれが自分以外の、他の姉妹と僕との関係を知らないようだった。


 なので、他の姉妹との関係は知らないだろうけど、自身との間の出来事は教えてもらえるはずだ。


「そっか。う、ううん……何て説明するべきか……」


 しかし、ひかりさんは頭を抱えて悩む。


「んー……難しいよね、どう出会ったとか、どういう風に仲良くなっていったとか……全部アタシの主観になっちゃうから、正しい過去とは言い難いし……」

「それは……確かに」


 その時、その瞬間、僕がどう感じていたかまではひかりさんもわからないはずだし。


「それに……恥ずかしいんだよね、友達になった歴史を語るのって」

「それも……確かに」

「でもね、これだけはハッキリ言えるよ」


 ひかりさんは、微笑みを浮かべる。


「アタシと夜空は、ズッ友宣言したんだよ」

「ズッ友宣言……」

「ごめん、茶化した言い方しちゃったけど、ともかく、アタシにとって夜空は一番の親友で、夜空にとってもアタシが一番の親友だって……そう、言い合ったんだ!」


 徐々に顔を赤らめながら、ひかりさんは勢い良く最後まで言い切った。


 そして、すぐに「ハズいっ!」と叫んでしゃがみ込み体を丸めた。


「あー、無理無理! 説明とか超ハズい! ずるいよ、夜空! 記憶喪失ずるい!」

「え、えぇ……」


 記憶を失ったことをずるいと言われるとは思わなかった……。


 これ以上語ってもらうのは無理そうだ。


 ともかく、僕とひかりさんは、とても仲の良い友達だったのだろう。


 それしかわからないが……それで十分だ、とも思った。


 例え記憶を無くしてしまっているとしても、僕は彼女の親友でいたいと思う。


 彼女と一緒に遊んでいると、楽しいからだ。


 きっと、元から僕達の相性は良いのだ。


「忘れちゃったものはしょうがないよ……」


 そこで、ひかりさんが立ち上がった。


 ひかりさんが振り返る。


 まだ熱の残った顔に、魅力的な笑顔を湛えて


「なら、これからまた新しい思い出作っていこうよ」

「……うん」


 彼女の力強い言葉を聞き、僕も頷く。


「よろしくお願いします」




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 そして僕達はその日一日、一緒に遊び尽くした。


 それこそ、仲の良い友達同士、気兼ね無く。


 ……しかし、そのはずなのに。


 そんな中僕は、ひかりさんの行動に対し、徐々に違和感を覚え始めていた。


 公園から出た後、ひかりさんは「やっぱりゲーセン行こ!」と、再度僕をゲームセンターに誘った。


 そして向かった先のゲーセンで、一緒にプリクラを撮った。


 妙に体を近付けて撮影した気がする。


 その後、ひかりさんの希望でアクセサリーショップに向かった。


 完全に女性向けのお店だ。


 そこで「どう? 似合うかな?」と、ネックレスやリングを試着し、僕に尋ねてきた。


「いや、僕あんまりこういうセンスが良い方じゃないから……」

「夜空の好みがいいんだよなぁ」


 ……男女の友達って、こんな感じなのだろうか?


 こういうやり取りは、どちらかというと恋人みたいじゃ……。


 いや、僕は友達の付き合い方も、恋人との付き合い方も知らないので、あくまでも憶測なんだけど……。


 でもひかりさんは、どこか僕のことをただの友達とは思っていなさそうな気がするのだ。


 本当に、過去、僕とひかりさんは、ただの友達だったのだろうか?


 ……――という風に疑念を抱きながら遊んでいる内に、一日が終わる。


 日も沈み、今日はこれにて解散ということに。


「また遊ぼうね、しんゆー」と言うひかりさんに、僕はハッとする。


 親友……。


 そうだ、ひかりさんは僕を親友と呼ぶ。


 一番の親友と。


 ただの友達じゃない、それだけ特別な友達ということ。


 そうだ、僕とひかりさんは親友だ。


 若干近すぎると思ったが、これが親友同士の距離感なのだ――きっと。


 ならば、違和感を覚えるなんて失礼だろう。


 何より、光栄なことじゃないか。


 あの美倉ひかりに、一番の友達と思ってもらっているなんて……。


「ねぇ、夜空」

「うん?」

「家まで送ってよ、暗くなってきたし」


 そう言って、ひかりさんは僕の手を取ってきた。


「え、ええと……」

「アタシんち、知ってるでしょ? ここからちょっと歩けば帰れることも」

「ああ、まぁ、前に一回行ったから……」

「じゃあ、出発」


 と言って、ひかりさんは歩き出す。


 手を繋いでいるので、必然僕も歩くしか無い。


 歩いている内に、僕達は繁華街を通る。


 夕方になり賑やかな雰囲気に包まれている。


 ちょっと嫌らしい看板が目に付く。


 日中に一度立ち寄った公園も通った。


 今の時間は、何やら男女ペアがあちこちにいる気がする。


 ……なんだか、妙な空気だ。


 そこで、ひかりさんが僕の手を離した。


 そして、腕に腕を回して、絡めてきた。


「えへへ、恋人ごっこ、なーんて」


 その瞬間、街灯の明かりに照らされたひかりさんの顔は、ハッキリわかるくらい真っ赤に火照っていた。


「ひかりさん……」


 僕は、思わず聞いてしまった。


「本当に、僕達ってこんな感じだったの?」

「そうだよ、こんな感じのやり取り、結構してたよ」


 ……してたのか。


 なら、いいのかな?


 まぁ、親友同士のじゃれ合いの範疇っていうことで……。


 世の中の、男女の友情が成立している方々はどういう感じなのか知らないし、自分も友人との適切な距離感なんて忘れてしまっているし。


 そう無理やり納得させながら歩き、僕達は公園を出る。


 そこで。


「アタシ……ちょっとだけ嬉しいかもしれない。夜空が、昔のこと忘れてて」

「え?」


 ひかりさんが何かを呟いたような気がしたが……残念ながら、僕は聞き取ることが出来なかった。

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