第10話 不良(1)
すっかり熱も下がり、体調も万全。
本日、僕は問題無く学校へ登校中である。
昨日お見舞いに来てくれた春歩さんのお陰かもしれない。
(……しかし)
だが、どうにも彼女の熱意はただ事ではなかった。
動物園、約束……気になるキーワードも口にしていた。
それでも……まるで記憶に無い。
きっと美倉三姉妹は、自分を別の誰かと人違いしているのだ。
そうでなかったとしても、何かしらの勘違いをしている可能性が高い。
しかしここまで来ると、自分が彼女達の掛け替えのない思い出を踏み躙っている、最低の男のようにも思えてきてしまう。
まぁ、自分のせいではないと言ってしまえばそれまでなのだが……ネガティブ思考特有の加害妄想というか……。
とことん自己評価が低い故に、そう考えてしまうのである。
さて、そんな風にぐでぐでと思考を巡らせながら電車に揺られている内に、学校最寄りの駅に到着。
構内を出て、学校に向かって歩いていると――。
「あ、夏野君……」
その途中で、楓先輩と遭遇した。
美倉家長女――美倉楓。
ストレートの黒髪が、僕を振り返った一瞬だけふわっと乱れ、すぐに元の状態へと戻った。
「ひ、久しぶり、風邪は大丈夫?」
楓先輩は、心配した様子で僕に話しかけてくる。
「昨日、教室に行ったら君がいなくて、病気で休みだって聞いたから……」
クールな彼女が、本気で心配してくれている。
言葉をしどろもどろさせながら、僕に聞いてくる。
「あ、ええと、大丈夫です。もう、完治したと思うので」
「そう、よかった」
そこで、楓先輩が僕の耳元に顔を近付ける。
思わず、ドキッとしてしまう。
「ねぇ、夏野君。よければ、その、夏野君の住んでいる家の場所、内緒で教えてくれないかな」
「え」
「今度体調を崩したときがあったら、私を呼んで? 何か、手伝えることがあれば助けに行くから」
おそらく、楓先輩は昨日、春歩さんが僕の家に来たことを知らないのだろう。
そして、春歩さんも、僕の家の場所を知っている事を、姉妹にも黙っているのだろう。
いや、当然か。
あくまでも個人情報だし。
姉妹といえども、容易く教え合うはずがない。
……しかし、それに関して今は二の次だ。
僕は今の楓先輩の発言に、心を刺された気分になった。
本気で自分の事を心配し、何か助けになりたいと、そんな目で僕を見る楓先輩。
「……? どうしたの、夏野君?」
楓先輩は、黙って俯いた僕を、不可思議そうに見詰めている。
「……楓先輩、ごめんなさい」
「え?」
僕は顔を上げる。
これ以上、この状況をなぁなぁのまま流すわけにはいかない。
昨晩、胸に誓った決心を、実行する。
「楓先輩は、過去に僕と何かしらの繋がりがあったと言っていましたが……僕には、そんな記憶が全く無いんです」
僕はハッキリと、楓先輩に言う。
「………」
楓先輩は、黙ったまま僕の言葉を聞く。
「失礼かもしれませんが、僕が完全に忘れてしまっているか……もしくは、もしかしたら、人違いかもしれません。だから……」
僕は、楓先輩の目を見詰める。
「教えてください。楓先輩と僕との間に、何があったのか」
僕の言葉を聞き、楓先輩は少しショックを受けたような表情をしていた。
彼女の中では、僕との過去……思い出は、それだけ重要で、大切なものだったのかもしれない。
だから、それを僕が覚えていないという言葉を聞き、衝撃を受けたのだろう。
胸が痛む。
痛む……が、だからこそ、放置するわけにはいかない問題だと改めて思った。
「そう、なの……」
やがて、楓先輩はぽつぽつと声を発し出した。
「わかったわ。覚えていないなら、しょうがない……でもね、これだけは先に言っておくわ」
楓先輩は、切なそうに潤ませていた両目を、キッと鋭くする。
硬い意思、想いの乗った視線が向けられる。
「人違い、という事は絶対にありえない。あの日、あの時、私を救ってくれたのは……夏野夜空君、間違いなく君だった」
「………」
「まずは……ええと、何から話せばいいんだろう……あのね――」
楓先輩が、僕との間にあった過去を語り出そうとした。
その時だった。
「あれ? お前、美倉楓だろ?」
声を掛けられた。
僕と楓先輩が視線を向けると、二人の男が立っていた。
(うわ……)
一目見て、僕は委縮してしまった。
不良だ。
金色短髪で眉毛の無い男と、寝癖みたいなパーマを当てたサングラスの男。
二人とも大柄な体格で、肩で風を切って歩いている。
彼等は、僕達……いや、楓先輩を見て、足を止めた。
「……誰?」
そんな不良達に対し、楓先輩は怯えることなく睨み返す。
凄い。
僕なんて見ただけで足が竦んでしまっているのに、楓先輩は全く微動だにしていない。
……いや、むしろ、どこか敵愾心を持った目を向けている気がする。
もしかして、不良が嫌いなのだろうか?
そう考えを巡らせている僕の一方、不良達は楓先輩をジロジロと見回している。
「何だよ、普通に学校通ってんじゃん。これ、
その名前を聞いた瞬間、楓先輩は目を見開いた。
「……彼、この街にいるの?」
「京二さん、まだお前のこと探してるみたいだぜ?」
「教えてあげようかなぁ、ここにいるって」
……どうやらこの不良達は、楓先輩と何かしらの因縁があるのかもしれない。
しかし、京二という名前を聞いた途端、楓先輩は少し怯えた表情になった。
何かあるのだろうか、その人物との間に……。
「ん?」
そこまで来て、不良達は楓先輩の隣にいる僕の存在に気付いたようだ。
鋭い眼光を向けられ、僕は思わず目線を逸らしてしまう。
率直に怖い。
「で、どうすんだよ?」
「……どうする、って、何が?」
「今から京二さんに連絡するからよぉ、大人しくついてくるのかどうか聞いてんだよ」
しかし不良達は、そんな僕の存在など無いもののように、というかどうでもいいように、楓先輩との話を続けていく。
楓先輩は威風堂々と、毅然とした態度で不良達に向かい合っているように見える。
……が、僕は気付いている。
楓先輩が、僕の服の裾を掴んで震えていることに。
「あ、あの……」
僕は勇気を振り絞り、不良達へと声を発した。
「どういった事情があるのかは僕も知りませんが、楓先輩も困っていますし、できればもうちょっと距離を取っていただいて……」
恐怖心は消えていない。
正直、足も震えてガクガク言っている。
でも、不良達の注意が僕の方に逸れれば、少しばかりの隙が生まれる。
その隙に楓先輩が逃げて、それに不良達が動揺している隙に自分も逃げれば――とか、浅はかな計画を考えながらの行動だった。
しかし、現実はそう簡単ではない。
一歩前へと出た僕の頭を、まるで羽虫でも払うかのように、金色短髪の不良が叩いた。
嘘のような筋力による、目にも留まらぬ早業。
僕でなければ見逃さずにいられたかもしれないけど、僕の目では見逃すことしかできませんでした。
殴り飛ばされ横転した僕は、その拍子に側頭部を地面に打ち付ける。
「夏野君!」
勢い良く地面を転がった僕に、楓先輩が悲鳴を上げる。
慌てて僕に駆け寄ろうとする楓先輩だったが、そこで不良達に腕を掴まれた。
……僕の存在なんて、本当にどうでもいいみたいだ。
余計な事をしちゃったな、情けない……。
頭も痛いし、ぐわんぐわんするし、このまま横になっていた方が良いのかもしれない。
「離して! 夏野君、大丈夫!?」
……いや。
いいわけが、ない。
僕を心配する楓先輩の声が聞こえる。
彼女の危機を無視して、このまま嵐が過ぎ去るのを待っていて……いいわけがない。
何も出来ないだろうし、きっともっと痛い目に遭うだろう。
それでも……。
痛みで明滅する意識を奮い起こし、僕は体を起こす。
腕も足も震え、体を支える事さえままならない。
それでもフラフラと立ち上がり、僕は楓先輩と、彼女に纏わり付く不良達を見て、口を開く。
「やめろ。その娘から離れろよ、ゴミども」
…………………ん?
………………………んん?
今、僕、何て言った?
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