第11話 不良(2)


「やめろ。その娘から離れろよ、ゴミども」


 …………………ん?


 今、僕、何て言った?


 何か、違和感というか……。


 いや、今の発言ダメじゃないか?


 完全に挑発してない?


「ああ? 今なんつった――」

「消えろ、って言ったんだよ。目障りだ」


 …………………うん、ダメだよね。


 ダメだよね!?


 今の発言ね!?


 えええええ、何を言ってるんだ、僕!?


 どうして、そんな強気な発言が喉から飛び出したのかはわからない。


 ただ、この状況下――彼等の存在が非常に不快に感じ、そして邪魔だと、そう思ってしまったのだ。


 普段なら、絶対に働かないような感情の動きだった。


 でも、だからといって、こんな喧嘩腰の発言を口にするなんて、どうかしている――と、自分でも思ってしまう。


 案の定、不良達は「あぁ?」と言いながら僕に掴み掛かってきた。


 もうダメだ。


 完全にタコ殴りになって殺される。


 せめて、楓先輩には今の隙に逃げてもらうしか――。


(……あれ?)


 と、思ったところで、僕は気付く。


 拳を振り上げ、僕に向かって殴り掛かってくる不良達。


 彼等の動きが、鈍いのだ。


 遅い、と言えば良いのかな?


 いや、多分、あれだ。


“予測”できるんだ。


 振り上げた拳が、どれくらいの速度で、どういう軌道でこちらへと向かってくるか――わかるから、なんだか遅く感じるのだ。


 あの日と同じだ。


 ひかりさんと、バスケで1on1の勝負をした時。


 ドリブルされているボールが、やけにハッキリと見えた、あの時と――。


 気付いてからは、思うがままだった。


 僕は、迫り来る不良の拳を、体を横に移動させて躱す。


 あまりにも適格なタイミングでの回避行動に、不良はバランスを崩してよたよたと蹈鞴を踏む。


 その浮いた足に、僕は自身の足を伸ばして引っ掛けてみた。


「お、あっ!」


 金色短髪の不良が派手に転倒した。


「てめぇ!」


 もう一人の寝癖パーマも、同じように僕へと襲い掛かってきた。


 しかし、やり取りとしては足下の金髪と同じだった。


 放たれる鈍重な攻撃を二度三度躱し、隙が生まれた瞬間を狙って、体勢を崩してやる。


「な、んだよ、こいつ……」

「おい、もう行こうぜ……」


 不良達は、僕を気味悪そうに見上げて退散していった。


 彼等も乱暴な世界で生きる人種。


 一見して、相手の力量を見定める目が無ければ命取りになる。


 だから、数秒相手をしただけで僕が得体の知れない存在だと気付き、四の五の言わず撤退を決心したのかもしれない。


 ……なんて、思い上がった予想だけど。


 僕如きが、さっきから何を語ってるんだか……。


「夏野君……」


 不良達が消え去り、その場には僕と楓先輩だけが残される。


「あ、ええと、楓先輩、怪我は……」


 僕が振り返ると、楓先輩はすぐ間近にいた。


 至近距離。


 目と目が合う。


 楓先輩は、普段のクールな印象と打って変わって、頬を桜色に染め、うっとりとした目で僕を見詰めていた。


「ありがとう……」


 楓先輩は言う。


「また、助けられちゃった」


 ……また?


「夏野君の方こそ、怪我は大丈夫だった?」


 僕の殴られた側頭部に、楓先輩が手を伸ばす。


 が、直前で伸ばした手を止めた。


「あ……ごめん、私なんかが心配するなんて、失礼だよね……」

「え……」

「夏野君にとっては、この程度、虫に刺されたようなものだって、前にも言ってたよね」

「前にも……」


 僕の記憶の中に無いやり取り、僕の記憶の中に無い会話。


 でも、なんでか、今の状況と辻褄が合う。


 合ってしまう。


「………」

「夏野君?」

「……楓先輩」


 僕は言う。


「急がないと、ホームルームが始まる時間に間に合わないかもしれません……」

「あ、う、うん」


 僕と楓先輩は、急いで学校へと向かう。


 ひとまず、今の不鮮明な状況から逃げ出すように。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「………」


 結局、その日、楓先輩は僕の教室には来なかった。


 ひかりさんや春歩さんも、同じように何か別の用事があったのか……いや、そんな頻繁に来られても困るのだが、来なかった。


 そのため僕はずっと、今朝の出来事を頭の中で反芻していた。


 不良達に絡まれた楓先輩。


 とばっちりで殴られた衝撃。


 そして――その直後に、自身の体に起こった変化。


「………」


 僕は考える。


 考えて、考えて、そして、一つの可能性に至った。




 ――その夜。




「お帰りー」


 家に帰ると、母さんが既に帰宅していた。


 今日は在宅ワークだったらしい。


「随分遅かったわねぇ、寄り道?」

「……ちょっと、考え事してて」

「なぁに、悩み? 青春してるわねぇ、夜空も」


 母さんは楽しそうに笑う。


「何で悩んでるの、勉強? 友達? まさか……恋? この前の春歩さんの事とか?」

「母さん」


 僕は、今日の日中至った仮説を。


 悩んで、考えて、そして尋ねると決めた質問を、母さんにする。


「僕、昔この街で暮らしてたの?」

「………」


 母さんの動きが、止まった。


 その反応を見て、僕は心臓の高鳴りを覚える。


 口が、立て板に水のように言葉を続ける。


「全く記憶が無いんだけど、いや、僕の勘違いならそれでいいんだけど、でも、だとしたらオカシイよね? ここまで、何も覚えていないなんて……」

「夜空、あなた……」


 母さんが、驚愕を滲ませた表情で僕を見た。


 彼女のこんな顔は、初めて見た。


「まさか、思い出したの?」

「………」


 何か、とんでもない秘密が明らかにされる。


 恐怖と緊張と期待の入り交じった、そんな心境に陥り、僕はゴクリと喉を鳴らした。

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