第1話 初対面、のはずの、美人三姉妹(1)


「………」


 ……居たたまれない。


 非常に居たたまれない気分だ。


 現在、教室の中は不穏な空気に包まれている。


 不穏……というか、水面下でざわついているというか……。


 それもそのはず。


 突如教室に突入してきた、大角学園『親友にしたいランキング一位』の女子。


 美倉三姉妹の次女、美倉ひかりさんは……何かの勘違いだろうか……僕に突っ込んできて、まるで大親友のようなテンションで接してきたのだから。


 教室中の生徒の視線と、困惑の矛先となりながらも、そんな事をまったく意に介していない雰囲気で、彼女は授業開始の鐘が鳴るまで僕と会話をしていった。


 いや、正確には会話ではない。


 彼女の方が一方的に喋っていた形だ。


 僕は意識が朦朧としていてまともに返答などできていなかった……と思う。


 結局、何が何だかわからない内に、美倉ひかりさんは「じゃ、またね~」と言って教室から去って行った。


 直後は英語の授業。


 英語の教師がやって来て、授業が開始する。


 だが、教室中が授業どころではなくなっていた。


 確実にわかる。


 みんなの意識が、僕に向けられていることに。


『何だ、あいつ。あの美倉ひかりと、あんなに親しげにして』

『っていうか、あんな奴いたっけ?』

『ほら、ちょっと前に転入してきた』

『一体、ひかりさんとどういう関係なんだ?』


 ほとんど幻聴だが、そんな声が聞こえてくる気がする。


 針の筵である。


 結局最終的に、まったく授業に集中できていない生徒達に英語教師が雷を落として、なんとか空気は緩和したが、それでも居心地の悪さは変わらない。


(……何だったんだ……)


 先程の現象……自分の身に起こった怪奇現象。


 美倉ひかりからの急接近は、一体何だったのだろう。


 悪戯?


 ドッキリ?


 からかわれた?


 そうグルグルと考えている内に、授業が終了。


 次の授業までのインターバル――再び、休み時間に突入する。


「あ、あのさ……君、夏野君、だったっけ?」


 名前を呼ばれ、僕はビクッと肩を揺らす。


 数人のクラスメイトが、おずおずと僕に話し掛けてきたのだ。


 まずい、吊るし上げられる。


「君、ええと、ひかりさんとどういう関係――」


 その時だった。


「失礼します」


 コンコンと、教室のドアがノックされた。


 同時に、良く通る、耳心地の良い美しい声音が響き渡った。


 再び、教室がざわつく。


 視線を向けると教室の入り口に、一人の美女が立っていた。


 長い黒髪。


 理知的な切れ長の瞳。


 スッと通った鼻筋に、作り物のように整った顔。


 水泳部に所属していると聞く――均整の取れた引き締まった肉体に、スカートからスラリと伸びるしなやかな足。


 気配は静かだが、ハッキリとした存在感がある。


 いや、オーラか。


 思わず見惚れてしまう彼女は、美倉三姉妹の長女――美倉楓さんである。


 先程、妹のひかりさんが来たばかりだというのに、立て続けに長女まで現れた。


 緊張した雰囲気に包まれる教室。


 ひかりさんの時とは違い、誰もが固まっている。


 どこか、近寄りがたい雰囲気があるのも事実だ。


 いや、神々しさか。


 流石は『恋人にしたいランキング一位』に選ばれるだけの、美貌と存在感である。


 しかし、そんな楓さんが教室の中を見回し、僕の姿を視認した瞬間――その彫像のような顔に、表情が生まれた。


 まるで光が灯るように、ぱぁっと緩んだのがわかった。


 そして、彼女は「失礼します」ともう一度言って、教室に入り、こちらへとやって来る。


「夏野君……」


 僕の席の前まで来て、彼女は僕の名を呼んだ。


 当然、ここに転入して来てから一度も会話したことも無いはずの彼女が、名乗った事もないはずの僕の名前を。


「ひ、久しぶり……また会えた、ね」


 そう、おずおずと、照れながら喋る楓さん。


 僕との再会? を、喜んでいるのが雰囲気でわかる。


 どこか緊張気味ではあるが、嬉しそうだ。


 しかし……。


(……いや、僕達初対面では?)


 当然、僕には彼女との面識はない。


 過去に会った記憶も無いので、困惑するしかない。


 その後、楓さんはどこか緊張した様子のまま「今日、良い天気だね……」「最近、どう?」等、当たり障りの無い言葉を連ね……休憩時間の終了と共に帰って行った。


 僕に対する好奇心で支配される教室の中――僕はもう消えて無くなってしまいたい気分だった。

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