第2話 初対面、のはずの、美人三姉妹(2)

「何だったんだろう、今日は……」


 一日の日程が終わり、下校時間を迎える。


 二度に渡る、美倉姉妹の強襲。


 身に覚えのない歓喜の再会を果たした僕に、クラスメイト達から向けられる、好奇なのか困惑なのか、何とも言えない注目の目。


 そんな視線から逃れるように、急いで教室を出た。


 夢か幻か……と困惑しながら、昇降口を出て校門に向かおうとする。


 すると、高等部校舎の前――噴水近くに人だかりができている。


「なんだろう……」


 精神的に疲弊しているが、どこか気になって人だかりに近付くと、一人の少女が見えた。


 ふわっとしたボブカット。


 小動物を彷彿とさせる、可愛らしい立ち姿


 しかし、そんな小柄な体格ながら、目立つのは主張の強い胸元。


 凶暴な胸元が、ブレザーを押し上げている。


 纏った制服から判別するに、中等部の生徒だ。


 高等部の校舎まで来て、待ち合わせスポットに利用されている噴水前にいるということは、誰かを待っているのだろうか?


 顔を赤らめ、視線を落とし、居心地悪そうにしている。


 理由は明白で、数名の男子生徒が彼女に声を掛けているからだ。


「誰かと待ち合わせ?」とか、「何か高等部に用事があるの?」とか、親切心に見せかけて下心は隠し切れていない彼等に、彼女は「だ、大丈夫です」と、小さな声で返している。


「あの娘は……」


 まさか……と、嫌な予感を覚えたのと同時だった。


 年上の男子達に囲まれ、話しかけられて困惑していた彼女が、不意に顔を上げた。


 視線が合う。


 直後、僕の存在を認識した彼女は、即座に男子生徒達の間をすり抜け、こちらへとやって来た。


「夜空お兄ちゃん!」


 胸の前に両手を持ち上げ、彼女は喜びながら僕の名を呼んだ。


「夜空お兄ちゃん、ひ、久しぶり!」

「あ、ええと……」


 頭一つ分背の低い彼女は、歓喜に染まった表情で僕を見上げる。


 周囲の観衆から、声が聞こえてきた。


「誰?」

「春歩ちゃんの知り合い?」

「お兄ちゃん?」


 ……嫌な予感は的中した。


 この娘は、やはり中等部三年、美倉三姉妹の三女、美倉春歩さんだった。


 そして、彼女が待ち構えていたのは僕。


 初対面のはずの僕を、何故か。


「あ」


 そこで、騒然とする周囲……特に、「夜空をお兄ちゃん」と呼んだことに対しざわめいている観衆に気付き、春歩は慌てて、「よ、夜空先輩」と、言い直した。


「ご、ごめんなさい、いきなり押し掛けちゃって。あ、あのね、中等部の方に、変な噂話が聞こえてきて……その中に、夜空先輩の名前があって……まさかと思って、何も考えずに来たら、本当にいて……」


 だいぶ混乱気味なのが、言葉の様子からわかる。


 おそらく察するに、僕に美倉楓さん、ひかりさんの二人が接触した一件が、中等部校舎の方まで噂で伝わっていたらしい。


 恐ろしい影響力である……これが、人気者に関わるということか。


 とにもかくにも、その噂話の中で僕の名前が出て、僕がこの学園に転入してきていることに気付き、やって来たという流れのようだ。


「え、ええと、落ち着いて……」


 僕はとりあえず、わたわたとしている彼女にそう返す。


「あ、ごめんなさい」


 春歩さんは謝り、何度か深呼吸をする。


「でも……よかった。嬉しいです。また、夜空先輩に会えて」


 そして直後、その目に涙を浮かべて、そう言った。


 僕は困惑する。


 当然ながら、僕は彼女と会ったことも話したことも無い。


 今日が初対面だ。


 いきなり接触され、しかも、一瞬「お兄ちゃん」とまで呼ばれてしまった。


 せっかく教室から逃げてきたのに、またしても多くの生徒達を前に妙な注目を集めてしまっている。


 頭が痛い……人に注目されることには、向いていないのだ。


「ご、ごめんなさい、急いでるから……」

「あ……」


 どうすればいいのかわからず、僕は咄嗟にそう叫んで、その場から逃げるように駆け出した。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 自宅マンションへと帰って来た僕は、エントランスでしゃがみ込んだ。


 荒れた呼吸を整える。


 一体何だったんだ、何が起こっているんだ……。


 突然、僕を訪ねてやってきた美倉三姉妹。


 皆、僕を知っていて、再会を喜んでいるようだった。


 しかし、僕には彼女達と以前会っているような記憶も無い。


 まるで怪奇現象に巻き込まれた気分で、ドキドキするというよりも素直に怖い。


 わけがわからない気分のままエレベーターに乗り、僕は自宅へと帰る。


「ただいま」

「お帰り、夜空」


 自宅には、母さんがいた。


「母さん……帰ってたんだ」

「今日は、出社業務は軽い打合せだけだったから」


 黒髪を一つに束ね、仕事用のシャツとスカート姿。


 バリバリ働くキャリアウーマン然とした容貌だ。


 出版社に務めている僕の母親――夏野櫻子さくらこである。


「引っ越してきたばかりで、まだ荷解も終わっていないでしょ? だから、片付けちゃおうと思って」

「あ、手伝うよ」

「大丈夫? なんだか疲れてるみたいだけど、学校で何かあった?」

「ううん、平気平気、問題無いよ」


 そう言って、僕は積み上がった段ボールを開封していく。


 今日あった事を色々話したかったが、多忙な母に変な負担を掛けたくないので、止めておくことにした。

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