知らない内に、僕は学園の美人三姉妹を惚れさせてしまっていたようです

機村械人

プロローグ 一番の親友? 僕が?

「恋人にするならかえで先輩、女友達ならひかり、結婚するなら春歩はるほちゃんだよな」




 私立大角おおつの学園、高等部校舎。


 休み時間の為、みんなが思い思いに行動を取り、雑多な会話で賑わう、とある一年生の教室。


「………」


 僕――夏野夜空なつの・よぞらは一人自分の席に座り、無為に窓の外を眺めていた。


 季節は五月――春と夏のちょうど中間の頃。


 校門から昇降口に掛けての歩道脇には桜の木が並んでいるが、既にその花は散ってしまっている。


 新生活――と呼べるような時期は過ぎ、既にある程度、誰もが新しい日々のサイクルや人間関係の形成を終えている、そんな時期である。


 しかし、残念ながら僕には、この学校において、その人間関係というものが出来上がっていない。


 ……つまりは、友達が出来ていない。


 理由は二つ。


 僕が、遂最近この大角学園高等部にやって来たばかりの転入生であること。


 そしてもう一つは――内気で消極的で引っ込み思案な、その性格のせいだと言える。


 少し前、僕は親の仕事の都合でこの街に引っ越してきた。


 多忙な親にできるだけ迷惑を掛けないよう、新しい家から一番近いこの学校を転入先に選んだのだ。


 この大角学園は中高一貫校で、偏差値もそこそこ高い。


 幸か不幸か、僕は勉強だけはそこそこできる――方だと思う。


 ……ちょっと調子に乗った事を言ってしまっているかもしれません、すいません。


 加えて、私立にしては学費等も安めだったため、ここなら親も嫌な顔をしないだろうと判断し、女手一つで僕を養ってくれている母に相談。


 転入試験……というよりも、ほとんど季節遅れの入学試験に近いようなものだったが、テストもなんとかギリギリ合格できた。


 こうして僕は、一応は高校一年生としてデビューを飾ることが出来たのだった。


 だが、入学が出来たからといって、華々しい学生生活が送れるとは限らない。


 自覚しているが、僕は性格が暗く、自己肯定感の低い……いわゆる陰キャである。


 転入から数日経つが、他人に深く突っ込む度胸も無く、他人に快く心を開く度量も無い僕は、誰とも打ち解けられず、現在はひっそりと日陰で暮らしている。


 扱いとしては転校生に近い存在だと思うのだが、元々、入学式から約一ヶ月遅れ程度の時差しかないのもあって、特別感も薄い。


 当初こそ、興味本位で話し掛けてきてくれる人も多かったのだが――。


『ねぇねぇ、夏野君って趣味は? 得意なこととかある?』

『え? ええと……得意な事とかは、特に無いかな。趣味……と胸を張って言えるほど特筆すべきものも無いし、囓ってる程度しか……』

『へぇ~……』

『………』

『………』


 ――会話終了。


『夏野君、部活とかに入る予定はある? スポーツとかやってる? バスケ部に興味ない?』

『え、ええと、あまりスポーツが得意じゃないし、家の事情もあるから部活も遠慮したいというか……』

『あ、そうなんだ』

『………』

『………』


 ――会話終了。


 ……絶望的な人柄が災いし、三日後には完全に孤立した。


 現在、僕は教室の隅で一人、存在感を消して生きている。


 そんな僕の耳に、ふと届いてきたのが冒頭の台詞。


 クラスの男子生徒達が交わす、ある三姉妹に関する雑談だった。


「何回目だよ、その話題」

「いやぁ、だって、改めてそう思っちまったんだもんよ」

「入学直後にやった、男子アンケートの結果だろ?」

「ああ、ウチの学校の女子生徒ナンバーワン決定戦な」


 僕が転入してくる前の事なので知らないが、そんなイベントがあったらしい。


「楓先輩が『恋人にしたいランキング一位』、ひかりが『親友にしたいランキング一位』、中等部の春歩ちゃんが『結婚したいランキング一位』な」

「強ぇな、美倉みくら三姉妹」


 彼等の会話に上がっている美倉三姉妹とは、この大角学園に通う女子生徒の中でも特に人気の高いお三方のことである。


 クールで理知的で、ミステリアスな魅力のある二年生の長女、美倉楓さん。


 活発で明るく、男女隔てなく誰とでも仲良くなれる、一年生の次女、ひかりさん。


 この二人の有名人は、校内で一度か二度、遠目に見掛けたことがある。


 話に上がる通り、思わず目を惹かれる、存在感のある美人だった。


 更に、彼女達にはもう一人妹がいる。


 中等部三年生で、家庭的でキュートな……それと、話によると中学生離れした体格をしているという、三女――美倉春歩さん。


「楓先輩って、クールでちょっと冷たい印象があるけど、そこがいいんだよな」

「心を許した相手には、砕けた感じみたいだぜ。まぁ、そんな相手、同じ水泳部の女友達くらいしかいないみたいだけど」

「やっぱ、ツンデレなのかな」


 というのが、長女評。


「ひかりってボーイッシュで男友達みたいな感覚だけど、そこがいいんだよなぁ」

「わかる、一緒に居てただただ楽しいし、気遣い不要って感じだし」

「面倒な部分が無い女子って最高だよな」


 というのが、次女評。


「春歩ちゃんって、年下なのに何か母性を感じるんだよな」

「そうそう、甘えたくなる」

「料理がすげぇ上手いらいしぞ。家の炊事関係は春歩ちゃんが担当してて、お姉ちゃん達の弁当も用意してるんだって」

「あとさぁ……その……デカいよな。何がとは言わないけど」

「ああ、中等部校舎の方から出てくるところ一回見たことあるけど……デカいよな、何がとは言わないけど」


 というのが、三女評。


 この通り、みんな人気者だ。


 以前見掛けた長女と次女も、先程言ったようにキラキラとしたオーラに包まれていて、まるで芸能人のようだった。


 芸能人を実際に見た経験は無いのだけど。


 とにもかくにも、正に、自分とは別世界の人間――という感じだった。


 人に興味を持たれず、愛想も無い、性格の暗い、存在感の薄い人間……そんな僕とは。


「はぁ……」


 溜息が出る。


 自分はなんだか、人と接するのが怖いのだ。


 何故怖いのかと聞かれても、明白な理由は無いのだが。


 でも、自分に自信が無いというか、会話するのが怖いというか、ともかく、人と接する事にとても緊張を覚えてしまう。


 なので、このクラスに転入してきた最初の頃、親切に話し掛けてきてくれたクラスメイト達とも上手く交流が出来ず、こうして孤独な生活に陥ってしまった。


 自業自得だ、仕方が無い。


 これからも、こうして生きていくしかないのだろう。


「ちょっと、あなた達、そういう下品な会話を公衆の面前でしないでくれない?」


 先程の美倉三姉妹に関する雑談をしていた男子達が、真面目な委員長に注意されている。


 そんなやり取りを傍らに、心の中で嘆息しながら、僕は次の授業までの時間を潰すため、机に突っ伏し居眠りに入ろうとする。


 その時だった。


「どうもー、失礼しまーす」


 教室内に、どよめきが起こった。


 何事かとビックリして、僕は顔を上げる。


 一人の女子生徒が、教室の入り口に立っている。


 ショートカットの栗色の髪。


 三分咲きの笑顔が素敵な整った顔立ちに、活発そうな大きな目。


 女子用の制服の上にダボっとしたパーカーを着た、メンズライクな印象を受ける美少女。


 先ほどの話題にも挙がっていた美倉三姉妹の次女、美倉ひかりさんだ。


 同学年の彼女がここに居る事自体は、別におかしなことではないと思う。


 しかし、やはり話題に上るほどの美少女が現れたので、ちょっと男子達が沸き立っている。


 誰かに用があるのだろうか?


 ひかりさんは、キョロキョロと教室内を見回している。


「どうしたの? ひかり」

「誰か探してる?」


 と、数名の生徒が、男子女子問わずひかりさんに話し掛ける。


 このクラスの中でもカースト高めの陽キャ達である。


 やっぱり、彼女ほどの存在は、付き合う人種も相応ということだ。


「うん、あのね、夏野君って名前の――」


 そこで偶然、僕とひかりさんの目が合った。


 その瞬間、彼女の両目が、まるで星空を反射したかのようにキラキラと輝いて見えた気がした。


「夜空!」


 ひかりさんが、教室に飛び込んでくる。


 僕の席へと駆け寄り、あろうことか椅子に座った状態の僕に抱きついてきた。


 まるで、飼い主の帰宅を喜ぶ大型犬みたいな仕草だった。


 衝撃で、僕は椅子ごと転げて窓ガラスに頭を打ちそうになるが、正直それどころではない。


 頭の中はパニックで真っ白に染まっている。


「夜空! 久しぶり! え、うそ、本当に夜空だよね!?」

「え? え? あの……」

「ちょーひっさしぶりじゃん! この学校にいるならいるって何で教えてくれなかったの!? 寂しかったんだぞー!」

「はい? え? え?」


 歓喜に満ちた表情で、止め処なく捲し立てるひかりさんに対し、僕は「あの」「その」「ええと」の三語しか発せられない。


 反応に困ってそれ以上の行動が取れない。


 間近で見るひかりさんは、やはり美人で……僕と再会できたことを、すごく喜んでいるようだ。


 それこそ、長年連れ添った大親友のように、凄くフレンドリーに。


「あの、僕を、知ってるんですか?」


 静まり返った教室の中――ようやっと、僕は言葉を紡ぐことが出来た。


 ひかりさんは、ニコッと笑って頬を赤く染めた。


「何言ってるの? 忘れるわけないでしょ。夜空は、アタシの一番の親友だもん」


 その返答に、僕は――。


 僕は、困惑するばかりだった。


 それもそのはず。


 だって、僕と彼女は初対面。


 会った記憶も、話した記憶も、過去を遡っても一度も無い僕を。


 彼女は熱の籠もった目で見詰め、『一番の親友』と呼んだのだから。

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