第4話 美倉家へようこそ(2)
「とうちゃーく」
「………」
どうしてこうなった……。
まるで、動画のシークバーを左から右へと一気にスクロールさせたかのように、時間は過ぎ去り――放課後。
僕は、ひかりさんと一緒に、彼女の家――美倉家の前へと来ていた。
閑静な住宅街の一角にある、かなり裕福なご自宅……といった感じの一軒家である。
「ただいまー」
「お、お邪魔します……」
家に上げてもらった僕は、ひかりさんの部屋へと案内される。
「さぁさぁ、遠慮なくくつろいでくれたまえ、親友よー」
「………」
ひかりさんの部屋は、至って普通の女の子の部屋(今まで女の子の部屋に上がった経験は無いけど……)だった。
小さな座椅子に、椅子代わりのクッション。
ベージュのカーテン。
ベッドの上には、ネコのぬいぐるみに、目が三つある宇宙人っぽいキャラクターのぬいぐるみ。
壁にはエイリアンの映画のポスター。
勉強机には、無造作にスケッチブックが積まれている。
本棚には漫画の単行本と、エイリアンのフィギアがいくつか。
……エイリアンが好きなのかな?
しかし、何はともあれ、あの美倉ひかりの自室に招かれた事には変わりない。
「くつろいでくれたまえ、親友よー」と言われても、正直くつろげる自信は無い。
「えへへ、なんだか不思議な感じ。夜空が、アタシの部屋にいるなんて。何気に初めてだよね、うちに来るの」
「………」
いえ、ひかりさんとの間での事なんて、ほぼすべてが初めだと思うのですが……。
しかし、ハッキリとそう言えない。
ここまで来たら、もしかしたら、自分は昔、本当に彼女と面識があったのかもしれない。
そして、それを忘れてしまっているのかも――そう思えてきたのだ。
だとしたら、失礼にも程がある。
「あはは、自分から誘っておいて、なんだか緊張しちゃってるな、アタシ。ごめんね」
「い、いえ……」
何とも言えない空気が流れる。
どうやら、ひかりさんも照れ気味というか、若干いつもの調子では無い様子だ。
僕も僕で何を喋れば良いのかわからないので、当たり障りの無い会話だけが交わされていく。
そこで、だった。
コンコンと、ノックの音が響いた。
「失礼します」
ドアが開き、ひかりさんの妹――美倉三姉妹、三女の春歩さんが顔を覗かせた。
先日見た時と同じ、中等部の制服姿で、手にはお茶とお菓子の乗ったお盆を持っている。
「春歩? どうしたの?」
「玄関に見覚えのない靴があったから、お友達が来てると思って」
手にしたお盆を傾けないように注意しながら、春歩さんは部屋に入る。
「だから、お茶とお菓子を――」
直後、春歩さんは僕の姿を見て、びっくりしたように声を上げた。
「よ、夜空お兄ちゃん!?」
「え、春歩……夜空のこと知ってるの?」
春歩さんのリアクションを見て、ひかりさんが尋ねる。
それに対し春歩さんは、どぎまぎしながらコクリと頷いた。
「ひかりお姉ちゃんこそ、夜空お兄ちゃんと友達だったの?」
「ま、まぁ……というか、今、夜空お兄ちゃんっていった? え、どういうこと? 二人って、どんな関係なの?」
「あ、え、ええと……」
言い淀む春歩さん。
僕は沈黙。
ごめんなさい、春歩さん、フォローできず。
でも、僕には全く身に覚えが無い事なので、この状況を見守る事しかできません。
更に、そこで――部屋の外から、誰かが大急ぎで階段を駆け上がってくる音が聞こえる。
「夏野君!?」
飛び込んできたのは、楓先輩だった。
「え、楓ねえ、水泳部は?」
「……今日は休みにさせてもらって、急いで帰ってきた。夏野君に会いに教室に行ったら、ひかりと一緒に帰ったって聞いたから」
楓先輩は、顔に掛かった黒髪を整えながら言う。
「ひかり、どういうこと? なんで、夏野君と……」
「それはアタシの台詞だよ、楓ねえも、春歩も、夜空と知り合いなの?」
「……春歩も?」
無論、春歩さんも姉二人の発言を聞き、ビックリした顔をしている。
どうやら察するに、彼女達は三人とも、お互いがお互いに、自分の姉妹が僕とつながりがあるということを知らなかったらしい。
いや、僕の身からすると、誰とも親交があった記憶がないので、更に複雑な状況になってしまったのだが。
「あーもう! なんだかわかんないけど、とりあえず二人とも出てってよ! 夜空は今日、アタシと遊ぶ約束なんだから! 夜空、ゲームしようよ、ゲーム。ほら、最近出たばっかりのアレ買ったんだ。ネットのランキング上げ手伝ってよ」
「え、あ、はい……」
「じゃあ、私は二人がゲームしてるところを見てる」
「え?」
楓さんが、さりげなく僕の隣に腰を下ろす。
「ちょっと、なんで楓ねえが居座るの!? あとちゃっかり夜空の隣に座って!」
「よ、夜空さん」
更に、春歩さんも僕の正面に正座する。
「お茶とお菓子、どうぞ召し上がってください。他にも欲しいものがあったら、なんでも言ってくださいね」
「あ、はい……」
「春歩も!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その後、楓先輩と春歩さんは部屋から出て行かず、そのまま居座る形となった。
それに対し文句を言いながらも、ひかりさんは僕とのゲームを開始する。
「あ、ごめん、夜空! そっちに一人逃がした!」
「え、え?」
いわゆる、オンラインの……サードパーソン・シューティングゲーム? というやつだろうか。
僕も初挑戦のため、ひかりさんと協力するがいまいち要領を得ない。
「夏野君、多分、敵は回り込もうとしてるみたいだから、さっきの高い位置に戻って迎撃するべきだと思う」
「あ、そうか……」
「楓ねえ、それアタシの台詞! あと、さっきより夜空に近くなってる!」
いつの間にかベッドの上に移動した僕は、隣に座った楓先輩から指示をもらう。
肩が触れそうな距離だ。
「よっしゃ、勝ったー! やった、夜空! ランク上がったよ!」
「あ、おめでとうございます……」
「私のアドバイスのお陰ね」
「失礼します。お茶のおかわりと、お菓子持ってきたよ」
ゲームで勝利し盛り上がっていると、春歩さんが紅茶とケーキの乗ったお盆を持って戻ってきた。
「どうぞ、夜空さん。あ、このケーキ、わたしの手作りなんです……よかったら……」
「は、はい、ありがたく、ちょうだいします」
「あ、あと、夜空さんの方が年上なんですから、わたしのこと呼び捨てでも良いですよ? ちゃ、ちゃん付けでも……」
「いや、流石にそれは……」
女子をちゃん付け、呼び捨てで呼ぶのは、陰キャの僕にはハードルが高すぎる。
春歩さんは「い、いきなり馴れ馴れしい提案でしたよね、ごめんなさい!」と、慌てて訂正した。
「は、はい、あーん」
そしてそのまま、持ってきたイチゴのタルトをフォークで切り分け、僕の口元に持ってきた。
「え」
「ちょっと、春歩! 馴れ馴れしいとか言っといて、早速何してんの!?」
「あ、こ、これは……夜空さん、ゲーム中だから手が離せないと思って……き、気遣いだもん」
「……私もアーンしたいな」
「ほら! いきなりそんなことするから、夜空だって困ってるじゃん!」
「い、いや、僕は大丈夫……」
「えへへ……あ、このゲーム、世界中で人気のやつだよね」
テレビ画面を見て、春歩さんが言う。
「あれ、知ってるの? 春歩ってゲームしないよね?」
「うん、ゲームはしないけど、配信動画とかでよく見るから」
「もしかして……あのアイドルの人とかがやってる?」
記憶にある話題が出たので、流石に黙りっぱなしも悪いと思い、僕は会話に参加する。
すると、春歩さんが目を輝かせて僕を見た。
「は、はい! 夜空さんも観てるんですか!? 可愛いですよね!」
「え、あ、ちょっとだけだけど……」
「えへへ、な、なんだかわたしも夜空さんと一緒にゲームしてみたいな。実況動画みたいな感じで」
「ええと、僕は別に嫌じゃ……」
「ダメダメ! これはアタシのゲームです! 夜空とアタシ専用!」
「私もアーンしたいな……」
なんだ、この状況……。
誰かが何かをする度に、他の二名が何かしら反応する。
非常に騒がしく、疲れる、けれど……。
当惑する一方、やはりどこか男として心が躍る、そんな時間だった。
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