第22話 食堂ぬのかわ(2)
「お待たせしました。焼き鯖定食と焼肉定食です」
ピヨさん……改め、雛さんが注文した料理を運んできてくれた。
二つのトレイが、僕とひかりさんそれぞれの前に置かれる。
ちなみに、ひかりさんが頼んだのが焼肉定食で、僕が頼んだのが焼き鯖定食。
「夜空、本当によかったの? せっかくなんだから、もっとガッツリしたの行けばいいのに」
「いや、家に帰ったら母さんが夕食を用意してるし、僕、焼き魚好きだし」
早速、頂戴する。
……うん。
「お口に合いますか?」
感想を口にしようとしたところで、緑里さんがすぐ近くに立っている事に気付いた。
「お、美味しいです」
僕は、思った通りの言葉を口にする。
美味しい。
脂の乗った焼き鯖はジューシーで、ご飯にとても合う。
「そう、良かった」
僕の言葉に、心底嬉しそうに微笑む緑里さん。
雛さんも微笑みを浮かべている。
「んー? 緑里さんも、ピヨも、やっぱりなんだかおかしくない? 夜空が食べるところそんなにジックリ見ちゃって」
向かいの席で、パクパクと料理を口に運びながらひかりさんが言う。
凄いスピードだ。
「そ、そうかしら? わざわざひかりちゃんが連れて来てくれたお友達だから、お口に合うか気になっちゃって」
「そ、そうだよね。これからも、常連さんになってくれるかもだし……」
緑里さんと雛さんは、何故か焦った様子でそう返していた。
料理は本当に美味しく、あっという間に完食してしまった。
「ふー、満腹満腹」
満足そうに「ごちそうさま」と手を合わせるひかりさん。
そこで、鞄の中のスマホが鳴っているのに気付き、取り出す。
「あ、お父さんから電話だ。ごめん、ちょっと外に出てくるね」
スマホを持ち、ひかりさんは店から出て行く。
店内には、僕だけが残された。
「あの……」
すると、それまで静かにしていた雛さんと緑里さんが、僕に話し掛けてきた。
「はい?」
「夜空さん……あの件に関しては、本当にありがとうございました」
いきなり、緑里さんは僕の手を取り、そう感謝の言葉を述べた。
「え?」
「夜空さんがいなければ……私もこの娘も、本当にどうなっていたか」
「夜空さん……」
緑里さんも雛さんも、潤んだ目で僕を見詰めてくる。
……やっぱり、当初の予感は当たっていた。
というか、ここまで来たら大体予測できた。
僕、この人達とも過去に何かがあったんだ。
多分だけど、何かしらの手助けをしたのだろう。
全く記憶に無いけれど。
「あの、すいません、僕は――」
「わかっています、あの事は私達だけの内緒……ですよね」
記憶を失ってしまっている――そう告げようとしたが、それよりも先に、緑里さんが話を進めていく。
「でも、また会えて嬉しいです。夜空さんのお陰で、このお店を畳まずに済んだのですから」
「え?」
「いつでも来てください。サービスしますからね」
「あ、あの、夜空さん」
緑里さんが話し終えると、今度は雛さんが口を開く。
「が、学校では、普通に話し掛けても大丈夫ですか?」
「え? あ、はい……同級生ですし」
「わ……よかった」
雛さんが顔を赤らめ、喜びを噛み締めるように呟く。
……正直、全く記憶に無いけれど。
なんだか、店を畳むかどうかのトラブルを助けたっぽいよね?
まさかだけど、借金とか、地上げとか、そういう系のアレに関わったとか?
え? だとしたらやばくない?
ヤ●ザとかに手を出してる可能性あり?
(……何事にも限度ってものがあるだろ……! 過去の僕……!)
現に、今の僕はそれで困らされているわけだし……。
「お待たせー。すっごくどうでもいい事だった。ラインでいいって言ったのにさぁ……あれ? どしたの、夜空? 顔青いよ」
「……ううん、なんでも」
「あ、ていうかお客さん増えて来たっぽいね。ささっと出よっか」
結局、食堂ぬのかわと僕との間に何があったのか、その場では確認する事ができず、店を出る形になった。
自分が何者だったのか、当然、真実は知りたい。
……けど、あまり深く探るのも怖くなってきた、そんな感じだ。
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