第6話 人違いでは?(2)

「………」


 昼食の時間。


 教室の端っこで、静かに菓子パンを取り出す僕。


 楓先輩とのやり取りが頭から離れず、ボウッとしてしまっている。


「失礼しますぅ……」


 そこで、おずおずとした様子で僕の教室を訪れたのは、春歩さんだった。


「夜空先輩はいらっしゃいますか?」

「あ、春歩さん……」


 春歩さんは、僕の姿を確認すると、とことこと教室の中に入って来た。


「どうしたの? 高等部の校舎まで来て……」

「あ、あの。ご迷惑でなければ……」


 言って、春歩さんが差し出してきたのは、布巾に包まれた四角形の物体。


「もしかして……」

「お、お弁当です。昨日、夜空先輩がお昼は購買ばかりだと伺ったので」


 昨日、美倉家にて――母が多忙のためお弁当などは無く、昼食は購買やコンビニばかり――という話を、したかもしれない。


「それで、わざわざ中等部校舎から……悪いよ」

「い、いいんです。わたし、料理が好きですから」


 教室中の注目を集めてしまっている中、春歩さんは顔を赤らめながら笑う。


「どうぞ。夜空先輩の好きな、甘い卵焼きを入れてあります」


 再度お弁当箱を差し出し、春歩さんは言う。


 その発言に、僕は引っ掛かる。


「卵焼き……」

「えへへ、前に聞いた夜空さんの好み、覚えてますから」


 自慢げに言う春歩さん。


「えーと……」


 そこで、僕は戸惑いを見せる。


「僕、卵焼きはむしろしょっぱいのが好きなんだ」


 春歩さんが、以前僕から聞いたという卵焼きの好み。


 それが、実際の僕の好みと違っていた。


 やはりそうだ――と、僕は確信する。


 楓先輩はわからないが、春歩さんに関しては、やっぱり自分のことを誰かと間違えているのだ。


 でなければ、このミスは起こらない。


「え……間違、ってました?」


 春歩さんは、僕の返答にビックリしたように目を見開く。


 そして直後、ショックを受けたように「ごめんなさい」と呟いた。


 とても悲しそうで、恥ずかしそうな表情だった。


「ごめんなさい、夜空先輩」

「あ、いや、別に謝るような事じゃ」

「し、失礼します……」


 春歩さんは、お弁当を持って帰ろうとする。


 ……なんだか、途轍もない罪悪感に襲われる。


 自分のために、わざわざお弁当を用意してくれたのに……。


「は、春歩さん」


 失意のまま帰す気にもなれず、僕は慌てて呼び止める。


「お弁当、もらうよ」

「でも……お口に合わないと思いますし」

「ま、間違えた。僕、やっぱり甘い卵焼きの方が好みだったよ!」


 そう言うと、春歩さんはパァッと表情を明るくした。


「ど、どうぞ! お弁当箱は、またいただきに来ますね!」


 どうしてこんなことに……。


 春歩さんが去った後、僕は懊悩する。


「……夏野の奴、一体どういう手を使ったんだ?」


 しかし、そんな僕に対し、周囲のクラスメイトから向けられるのは羨望の視線と声。


「春歩ちゃんからお弁当を届けてもらえるなんて、一体、前世でどんな徳を積んだらあんな目に合えるんだよ」


 ……ああ、もしかしたらそうなのかもしれないな。


 例えば、僕と美倉三姉妹は前世で深い関係を築いたのだろう。


 そして、今世に生まれ変わった三人には前世の記憶が残っていて、自分に運命を感じているのかもしれない。


 今流行りの異世界転生ファンタジーでありがちな設定だ。


 なるほど、なるほど。


 それなら納得できる。


 ……って、現実逃避している場合じゃない。


 お弁当はありがたく頂きながらも、僕はこの奇怪な状況に頭を悩ませ続ける。


 ちなみに、好みとは違うとは言え、春歩さんの手掛けたお弁当はとても美味しかった。

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