第7話 人違いでは?(3)


 さて、放課後。


「よーぞらー」


 教室に、ひかりさんが訪ねて来た。


「昨日、めっちゃ楽しかったよねー。でさ、家だと楓ねえや春歩が乱入してくるかもしれないからさ、今日こそは二人でどこかに遊びに行こうよ」

「ひかりさん」


 放課後の戯れを提案する彼女に、しかし、僕はハッキリと告げる。


 ここまで、楓先輩も春歩さんも有耶無耶な感じできてしまったが、彼女にだけは本音を伝えておきたい。


 一番伝えやすい雰囲気もあるし。


「ひかりさんは、きっと僕を誰かと勘違いしてるんだと思います」

「んえ?」


 僕の発言に、ひかりさんは首を傾げる。


「どゆこと?」

「ええと、落ち着いて聞いて下さい……つまり、ひかりさんが親友だっていう夏野夜空氏と、僕は別人じゃないかって」

「あはは、なにそれー。ドッペルゲンガーってこと?」


 ドッペルゲンガーか……。


 なるほど、その可能性もあるかもしれない。


 妖怪(妖怪だっけ? 都市伝説だっけ?)まで疑い始めたら切りが無いが……。


 それは置いといて、ともかく今は一番伝えなくちゃいけない事を伝える。


「僕には、過去にひかりさんと関わったっていう記憶がまったく無いんです。きっと、偶然にも同姓同名でそっくりな人間と間違っているんだと思うんです」

「そんな偶然あるわけないじゃん」


 ひかりさんは真顔で言った。


 いや、うん、確かに常識的に考えたらその通りなんだけど!


「……んー、もしかして、気が進まない感じ? アタシと一緒に遊ぶの」

「え……」


 ひかりさんは、「むー」と頬を膨らませる。


 う……可愛い。


 ……って、何を心揺らいでるんだ、僕は。


 ちゃんと、自分達の関係をハッキリさせないといけないのに。


「そうだ、じゃあさ」


 そこで、ひかりさんが何かを思い付いたように目を輝かせ、挑戦的な顔付きになった。


「勝負しよう」

「え?」


 言われる否や、だった。


 僕はひかりさんに引っ張られ教室を飛び出し――……学園敷地内、体育館横にある、バスケットコートに連れてこられていた。


「もうすぐバスケ部が来るから、それまでに決着つけちゃおう」


 バスケットボールをコートの地面にバウンドさせながら、ひかりさんは言う。


「バスケの1on1で勝負。アタシが勝ったら、今度の休みに一緒に遊びに行く。夜空が勝ったら、何でも言うこと聞いてあげる」

「え?」


 突然の提案に絶句している僕を、ひかりさんが振り返る。


「夜空が勝ったら、無理やり誘うのも止めてあげる。どう?」

「いや……無理だよ」


 絶対に勝負にならない。


 僕は、慌てて手をぶんぶんと振る。


「僕、運動音痴でスポーツ全般が不得意だし、勝ち負け以前にゲームにもならないと……」

「またまた、冗談言っちゃって」


 ひかりさんは、そんな僕の発言におかしそうに返す。


「あー、もしかして、わざと手を抜いて、アタシに花持たせてくれようとしてる? そんな気使わなくていいよー、本気で来いよー」

「あ、ちょ」


 瞬間、ひかりさんはドリブルしながら突っ込んでくる。


「あ、わわ!」


 結果は、火を見るよりも明らかだった。


 僕はひかりさんに翻弄されるだけされて……。


「あ!」


 ひっくり返って、側頭部を強打した。




 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「だ、大丈夫?」

「……うん、だいぶ、楽になってきた……」


 頭を強く打ち、ベンチに横になった僕。


「きゅ、救急車呼んだ方がいいかな?」

「いや、もう大丈夫みたいだから……」


 痛みもそんなに残ってないので、問題無いだろう。


 起き上がった僕の視界に、心配そうな顔のひかりさんが映る。


「なんか、ごめんね……嫌な空気にしちゃって」


 落ち込んだトーンで、ひかりさんは俯く。


「アタシ、馬鹿だから、テンションが上がると空気が読めないこと言ったりやったりしちゃって……止めた方が良いよね、夜空に付きまとうの」

「あ、いや……」


 酷く落ち込み気味のひかりさん。


 僕は即座にフォローする。


「ぜ、全然大丈夫だよ。気にしてない」

「ほんと?」

「ほんとほんと……ぼ、僕も照れ隠しであんな風に言っちゃっただけで、本当はひかりさんに話し掛けられて嬉しかったし、一緒にゲームして楽しかったし」


 これは、まぁ、完全に嘘では無いので……。


「そっか……ありがと、夜空」


 僕がそう言うと、ひかりさんは嬉しそうに微笑む。


 元気を取り戻してくれたようだ。


「……でも、ちょっと嬉しかったな」


 そこで、ひかりさんは立ち上がり、横に置いてあったボールを持ち上げる。


 ドリブル。


 と思ったら股下を通したり、体の周りで回したり。


 再度見ても、凄いボールハンドリングだ。


「アタシ、昔は夜空に全然勝てなかったから」

「………」


 それを聞いて、僕は内心で溜息を吐き、確信する。


 自分は、運動神経の悪い陰キャだ。


 やっぱり、彼女の語る夏野夜空と僕は別人……人違いだ、と。


 ひかりさんのボール捌きに見惚れながら、そう思った。


(……ん?)


 ふと、そこで。


 不意に僕は、なんだか不思議な気分に襲われた。


 ひかりさんのドリブルを見ている内に、なんとなく……気付いたのだ。


 なんだか、ボールの存在が凄くハッキリと見えるというか……。


 高速で動いているボールの、表面の模様まで、何故かくっきり視認できるというか

……。


「夜空?」

「………」


 体が、自然に動いていた。


 妙な、ふわふわとした感覚に包まれながら、ひかりさんへと歩み寄っていく。


「あ、もしかしてもう1勝負いく?」


 そう言って、意気揚々と姿勢を低く取るひかりさん。




 ――気付くと、僕はひかりさんからボールを奪っていた。




「……え?」


 ……え?


 手にしたボール。


 振り返ると、そこには、へたり込んだひかりさんの姿。


 一瞬のことで、僕もポカンとしてしまった。


「今、僕……」


 コートに腰を落としたまま、ひかりさんも呆然とした顔で僕を見上げている。


「あ、ご、ごめん!」


 僕は慌てて、へたり込んでいるひかりさんに謝る。


 彼女もいきなりのことで、ビックリして尻餅をついてしまったに違いない。


「……やっぱり、夜空だ」


 しかし、そんな僕に対し、ひかりさんは目をキラキラと輝かせている。


「あの頃と変わらない」


 ………。


 なんだ。


 なんなんだ、この状況は。


 今、自分の身に何が起こっているのかわからない。


 正直、恐怖体験じゃないか? これ……。

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