僕が竜とか笑えない!

アオウミ

第一章

新生……とは、何でしょうか?

 最初に浮かんだ感想は(あ……終わった)だった。

 

勉強の息抜きにと自転車で出掛けたのが悪かったのだろうか?

だってあんな事が起こるなんて思わないじゃないか。

 

 こう言うのって普通はさ、トラックが突っ込んで来るもんだろ?それだってのに僕に突っ込んで来たのは……

 

 ――トラックの……タイヤ。


 ひどい。あまりにもひどすぎる。つーか点検くらいちゃんとしとけよ!

 とまぁこんな感じで僕は死んだ。うん。死んだんだ。つまりここは死後の世界……だよな?

 

 でも死後の世界って普通は神がいたり、一面のお花畑……とかじゃないの?

 え、こんな霊峰みたいな感じなの?見た事無い植物生えてるし、変な鳥飛んでる。てか感覚……感覚あるなこれ。って事はここって死後の世界じゃなくて異世界!?そんなベタな……


 恐ろしい程のテンプレ展開……いやでもあくまで僕がぶつかったのはトラックでは無くトラックの“タイヤ”。つまりテンプレでは無い!

 と意味不明ながら頑張って前向きな思考をしようとしていた。


 だがこんな事していても埒が明かない。諦めて今自分が陥っている状況を確認してみると、とある事に気づいた。

 

 どうやら今の自分は小さな爬虫類の様な姿をしているようだ。頭の感覚的に多分ツノもある。背中の違和感はおそらく翼だろう。

 

 僕の知っている限りこんな生物は一つしかない。


 ドラゴン……竜だ。


 しかも足元にはキラキラと光を反射する卵の破片が落ちている。


 これは……うん。もう逃げられないかも知れない。


 拝啓、地球のみんな。そっちは僕の葬式やら何やらで大変だろう。何を言ってるのか分からないかもしれないが、どうやら僕は異世界で竜になったようだ。


 異世界転生としては当たりなのか?

とか何とか思ってると後ろの方からカサカサと足音が聞こえて、慌てて振り返ると見知らぬ青年がいた。


 青年は何とも不思議な容姿をしていた。


 腰に届く程の長い黒髪に、頭には二本のツノがある。爪は長く鋭く、猫の様な目は青く透き通りサファイアにも見える。


 だが何より目を引いたのは、その背に生える大きな翼だった。


 鳥の様ではあるが質感は柔らかな宝石の様だ。そして彼の目と同じ様に深みのある青が、日の光に照らされて輝いている。


 僕がこの青年を目にするのは少なくともこれが初めてだったが、不思議と警戒心は湧かなかった。

 

 理由は分からないが彼が今の僕と同族で、おそらく僕の親なのであると言う事を本能で直感した。


 なぜかと言われても説明がつかない。ほら、何となくそんな感じがするというアレだ。そうは言っても難しい。まぁ強いて言うなら、見えないけれど確かにある事は分かる空気みたいな感じか?


 そうこうしてると彼が優しく僕の体を抱き上げた。すると何とも言えぬ多幸感に包まれ、思わず声を上げようとすると喉の奥からキュウと言う音が漏れた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そのまま抱き抱えられて連れられた先には小屋があった。中も決して広いとは言えず、あるものと言ったらベッドと本棚、小さなテーブルと丸椅子くらいか。


 だがそれらの全てが綺麗に片付けられていて、来たのは初めてのはずだが不思議と居心地は良かった。


 ベッドの上に下ろされると彼はじっとこちらを見つめて来た。何か話そうかと口を開くと、声の代わりに先ほどと同じキュイィと言う音がした。


 何度試してもやはり言葉は出ない。どうやら人間とは発声器官が違うようだ。


 だがそれでも気持ちは伝わるようで、それを聞くと彼は微笑を浮かべ口を開いた。


「ふふふ、可愛いね。生まれたばかりでまだ混乱しているのか。ここは良いだろう、君のために作ったんだ。」


 彼の透き通った声には安心感があった。まるで優しく包み込む様に慈愛に満ちて。


 前世の僕の記憶には父と言う存在が無かった。居るのは母だけだったが、彼女は彼女なりに僕を養う事に精一杯だったようで、他愛も無い会話を交わしたと言う記憶は殆ど無い。


 つまりどう言う事かと言うと、今まで僕は一心に注がれる愛情と言うものが分からなかったのだ。愛されていなかったと言う訳ではない。母にはそのような余裕が無かっただけだ。


 だから初めて受ける無償の愛が、僕には少しこそばゆかった。


 「ああそうだ、名前をつけなければ、そうだなぁ……」


 そうか、よく考えてみたら今の僕には名前が無いのか、前世の記憶はあれどここでは生まれたての子竜なのだから。

 

 彼はしばらく思い悩む様子だったが、直ぐに思いついたようで僕を持ち上げ言った。


 「そうだ、セルマリエスにしよう。意味は君が大きくなったらいずれ教えてあげる。」


 との事だ。聞き馴染みの無い言葉だが、この世界で新しく名前をつけられた事は素直に嬉しかった。


 何とか嬉しいと伝えようとキュウキュウと声を上げると、それに応えるように彼もクルクルと喉を鳴らした。


 その声を聞くと温かい何かが浮かんで心地が良くなった。

 

 さっきまでごちゃごちゃ考えていたのが馬鹿のようだ。なんかだんだん色んなことがどうでも良く……


 いや、なっちゃダメだろ。ああ、危なかった。この体の本能だかなんだかに流されて本当に赤ちゃんみたいになるとこだった。


 確かにこっちでは赤ちゃんなんだけどね、でもね、それでもやっぱり精神的には高校生なんだよね。


 いや、本当に危なかった。危うく高校生が完全に思考放棄して甘えまくるって言う悍ましい光景を披露するところだった。


 やばい、これはマジで気を抜くとやばい。異世界を謳歌するのも良いけどあまり流されないようにしないと。


 ああ、一体これからどうなることやら。そんな事考えても分からないけれどこれだけは言える。


 前世には未練しか無いけど、今世こそ絶対に満喫してやる!

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