僕が竜とか笑えない! 〜タイヤに殺され最強種に転生した高校生、異世界で青春をもう一度。全ては自由と平穏の為に!〜

アオウミ

第一章 転生そして学園入学編

No.1 新生……とは、何でしょうか?

 最初に浮かんだ感想は(あ……終わった)だった。

 

 勉強の息抜きに……と自転車で出掛けたのが悪かったのだろうか?


 いや、でもさ、だってあんな事が起こるなんて、絶対思わないじゃないか。

 

 それにこう言うのって普通はさ、トラックが突っ込んで来るもんだろ? それだってのに僕に突っ込んで来たのは……

 

 ——トラックの……タイヤ。


 ひどい。あまりにもひどすぎる。何でタイヤが飛んで来るんだ……つーか点検くらいちゃんとしとけよ!


 でもまぁ、それは一旦置いといて、だ。こんな感じで僕は死んだ。うん。死んだんだ。つまりここは死後の世界……で良いんだよな?

 

 でも死後の世界って普通は神様、女神様がいたり、一面のお花畑……とかじゃないの?


 え、こんな霊峰みたいな感じなの? 見た事無い植物生えてるし、なんか変な鳥飛んでるし。てか感覚……感覚あるなこれ。って事はここって死後の世界じゃなくて異世界!? 事故で死んだら転生しましたってか!? いやそんなベタな……


 恐ろしい程のテンプレ展開……いや、でもあくまで僕がぶつかったのはトラックでは無く、トラックの“タイヤ”。つまりテンプレでは無い!


 ……なんで僕こんな意味不明な事考えてるんだろう……どのみち死んだ事に変わりは無いじゃないか。あーあ、最悪だ! 未成年で死ぬなんて。まだ酒だって飲んだ事無いんだぞ!!


 だけどこんな事してたって埒が明かない。とりあえず死んだ事実は受け入れて、今自分が陥っている状況を確認してみる。すると僕はとある事に気づいた。

 

 ——どうやら今の僕は、小さな爬虫類のような姿をしているようだ。頭の感覚的に多分ツノもある。背中の違和感は……おそらく翼だろう。

 

 僕の知っている限りこんなみょうちきな生物は一つしか存在しない。それを生物と言って良いのかは微妙だがたぶん……


 ドラゴン……竜だ。


 たぶん、いや絶対、間違い無い。ここが地球だったらまずありえないだろうが、ほぼ確実にここは日本、いや地球じゃない。そうじゃなきなきゃ今この状況は説明出来無い。


 しかも下の方に視線を落としてみると、足元では卵の破片らしき物が、キラキラと光を反射させているではないか。


 それにこの手足、青い鱗に鉤爪!? 絶対人間じゃないじゃんこれ。あーあー、何だよこの爪。こんな危なっかしいもん……これからどうやって手を使えば良いんだよ。いや、手ってよりかは前足か?


 これは……うん。泣こうが喚こうが、もうこの現実からは逃げられないかもしれない。


 拝啓、地球のみんな。きっとそっちは、今頃僕の葬式やら何やらで大変な事だろう。いきなり死んじゃってほんっっっとごめん。何を言ってるのか分からないかもしれないけど、どうやら僕は異世界で竜になってしまったようだよ。


 溜め息をつきその場に座り込む。


 ——異世界転生としては当たりなのか?


 そんな風な事を考えていると、後ろの方からカサカサと足音が聞こえきて、慌てて振り返るとそこには見知らぬ青年がいた。


 その青年は何とも摩訶不思議な容姿をしていた。


 腰に届く程の長い黒髪に、頭には二本のツノが生えている。爪は長く鋭く、猫の様な目は青く透き通り、さながらサファイアのようだ。


 だがそれらの特徴を差し置いて、何より目を引いたのは、その背に生える大きな翼だった。


 鳥のようではあるが、その質感は例えるならまるで柔らかな宝石のようだ。彼の目と同様に深みのある青が、日の光に照らされて輝いている。


 僕がこの青年を目にするのは少なくともこれが初めてだったが、不思議と警戒心は抱かなかった。

 

 理由は分からない。だだ彼が今の僕と同族で、おそらく僕の親なのであると言う事は無意識に本能で直感した。


 なぜかと言われても説明はつかない。ほら、何となくそんな感じがするとか言うアレだ。まぁ強いて言うなら、見えないけれど確かにある事は分かる、言ってみりゃ空気みたいな感じか?


 そうこう考えているうちに、青年は優しく僕の体を抱き上げた。すると僕は何とも言えない多幸感に包まれ、思わず声を上げようと口を開けると、喉の奥から小さくキュウと音が漏れた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そのまま抱き抱えられて連れられた先には小さな小屋があった。中も決して広いとは言えないが、悪い雰囲気では無い。むしろ安心出来るような、柔らかな心地良さを感じる。生活感はあるが、物は少なく、全て綺麗に片付けられている。あるものと言ったらベッドと本棚、小さなテーブルと丸椅子くらいか。


 ここに来たのは当然初めてのはずだが、なぜか不思議と居心地は良かった。


 青年の腕の中でしばらく部屋を見回していると、やがて僕はベッドの上に下ろされた。彼がじっとこちらを見つめてきたので何か話そうかと口を開くと、声の代わりに先ほどと同じキュイィと言う音がした。


 何度試してもやはり言葉は出ない。どうやら人間とは発声器官が異なるようだ。


 だがそれでも気持ちは伝わるようで、僕がキュイキュイと鳴き声を上げるたびに彼は微笑を浮かべた。


「ふふふ、可愛いね。生まれたばかりでまだ混乱しているのか。ここは良いだろう、君のために作ったんだ」


 彼の透き通った声は慈愛に満ちていて、優しく包み込まれるかのような安らかさを感じた。


 前世の僕の記憶には父と言う存在が無い。いるのは母だけだったが、彼女は彼女なりに僕を養う事に精一杯だったのだろう。他愛も無い会話を交わした記憶すらほとんど無い。


 つまるところ、僕には一心に注がれる愛情が分からないのだ。愛されていなかったと言う訳ではない。母にはそのような余裕が無かっただけだ。


 だからこそ初めて受ける無償の愛が、僕には少しこそばゆかった。


「ああそうだ、名前をつけなければ、そうだなぁ……」


 すると青年はあごに手をあて、何か考え込むように目を閉じる。


 名前……ああそうか、よく考えてみたら今の僕には名前が無いのか。前世の記憶はあれど、ここではただの生まれたての子竜なのだから。

 

 彼はしばらく思い悩んでいたが、すぐにぱっと顔を上げ、僕を持ち上げ言った。


「そうだ、セルマリエスにしよう。意味は……君が大きくなったらいずれ教えてあげよう」


 セルマリエス……聞き馴染みの無い言葉だ。でもこの世界で新しく名前をつけられた事は、素直に嬉しいな。


 なんとか感情を伝えようとキュウキュウ声を上げると、それに応えるように彼もクルクルと喉を鳴らした。


 ああ、さっきまでごちゃごちゃ考えていたのが馬鹿みたいだ。なんだかだんだんいろんな事がどうでも良く……


 いや、なっちゃダメだろ。


 危ない危ない。この体の本能だかなんだかに流されて、本当に赤ちゃんみたいになるとこだった。


 いや、確かに肉体としては赤ちゃんなんだけどね。でもね、それでもやっぱり精神的には高校生なんだよね。


 いや、本当に危なかった。危うく高校生が完全に思考放棄して甘えまくるって言うおぞましい光景を披露するところだった。


 やばい、これはマジで気を抜くとやばい。異世界を謳歌するのも良いけど、あんまり流され過ぎないようにしないとな。


 ああ、これから一体どうなる事やら。そんな事ごちゃごちゃ考えたところで答えなんか出ないけれど、少なくともこれだけは言える。


 前世には未練しか無いけど、今世こそは絶対に満喫してやる!

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