非観測的ダークマター

 拝啓、地球の皆さん。現在僕はと言うと、見事ラーファルの誘いを断れなかった訳で、廊下を引きずられています。


 本当何でこう言う時ってちゃんと断れないんだろうね。それに何かこの子力強いし。


 悲しいかな、何の解決策も思いつかないまま大浴場に辿り着いてしまった。残念な事に既にそこそこ人がいる様で、楽しげな声が外まで響いている。こっちは楽しくも何とも無いんだけどね。


 そしてそのまま脱衣所まで連れ込まれてしまった。


 こう言う時こそ何かトラブルとか起こって欲しいところだけど、こんな時に限っては何も起こらないらしい。


 タオルで隠せやしないかとも思ったが、もちろん着用したまま入るのは禁止。まさに万事休す。


 「ねぇ、さっきからどうしたの?すっごい静かだけど。」


 「えっ、」


 「もしかして体調悪い?」


 「いや、そんな事無いけど……」


 ラーファルは心配そうにこちらを見つめる。純粋な善意なだけに余計申し訳ない。


 「あの……さ、体調は悪く無いんだけど、何て言うか……あんまり体見られたく無いんだよね。ちょっと、色々……」


 純粋な瞳に負けて正直に言うと、ラーファルは安心した様に笑い出した。


 「何だそんな事か。それなら大丈夫だよ。言って無かったっけ?そう言う人もいるから、ここの大浴場は大事な所が見えない様になる魔術がかけられてるんだよ。まあもしそうじゃ無かったら僕だってちょっと無理、あはは……」


 最後の反応は謎だけど、そう言う事なら早く言ってよ。さっきまでのが馬鹿みたいじゃないか。


 それはともかく、直接見られる事は無いと分かって良かった。一先ず今ここでバレる事は無さそうだ。


 見えなくなると言うのは実際に入ってみて分かった。隠したい場所に湯気的な白いモヤが集まってくるんだ。


 ……これってマンガとかの演出なんじゃないの?


 まあ良いか、ファンタジーなんだし。何か僕もだんだん慣れてきたな。


 悩みの種が一つ無くなったところで改めて見てみると、確かにラーファルの言った通りなんか……すごい。


 まずとにかく広い。それに無駄に装飾も凝ってるし。そして何故か露天風呂まである。


 ああっ、すごいなぁ、空気が澄んでるから星が綺麗に見える。あったかい湯船に浸かりながらのこの景色は最高……


 ……いや、なにこれ?


 冷静に考えればここ学校だよね。何でこんな高級ホテルみたいな仕様になっちゃってんの?


 「うわっ!何だこれ!すっげー!!!」


 うわっ、何だこのガキ、うるせー。


 「……エス?」


 「はい?」


 またぼーっとしてたみたいだ。ラーファルが後ろに来てた事に気付けなかった。


 「あの、エスってさ、何と言うかたまに……えっと、辛辣?」


 「うっ、」


 もしかして今の声に出てた?


 「ごめん。気をつける。」


 「いや、大丈夫だよ、僕はそう言うの正直で良いなーって思うし。」


 「うぐっ、」


 ラーファルさん、すみません。フォローになってません。


 「そんな事よりさ、ほら、僕の言った通りだったでしょ?」


 「うん。確かにこれはすごいとしか言いようが無い。」


 それは素直にそう思う。湯船に入ってみてもやっぱり想像を超えて気持ち良かった。


 水浴びとは違ってこれがまた良いんだ。ああーこれが十二年ぶりのまともな風呂か。


 言いたい事は色々あるけど今はこの一時を堪能するとしよう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 今までなんやかんやあったけどこれだけは言わせてもらおう。とにかく風呂は最高だった!流石に湯上がりの牛乳は無かったけど……


 さて、リフレッシュできたところで後は何があるか……そう、夕食だ!


 はっきり言ってテンションはぶち上がりである。種族柄食事は必要無いが、やっぱりあるのと無いのでは全然違う。


 「何かいつに無く嬉しそうだね。」


 あ、分かる?それやっぱり分かっちゃう?


 「うん、もちろん。今日僕はこの瞬間の為に生きてきたと言っても過言では無い。」


 「それは……ちょっと言い過ぎじゃない?」


 言い過ぎか。そうだろう。やはりそう思うか。では今までの僕の食生活をご覧頂こう。


『父さん、いくら必要無かったとしても、食事はあった方が楽しいと思うんだ。』


 『食事か、存在は知ってるけど考えた事無かったな。分かった、作ってみるよ。』


 数時間後……


 『……何これ?』


 『とりあえず木の実を軽く炙ってみたけど……どう?鳥とかがよく食べてるやつだし、毒は無いと思うけど。』


 『……軽く?』


 その黒い物体は炭の味がした。


 その日の夜……


 『これは……何で動いてるの?』


 『何でだろうね。スライムと三つ目ウサギを一緒に煮込んだだけなのに。』


 結果は目に見えていたが、恐る恐るそれを口に運ぶ。

 

 その後は気がついたら二日経っていた。


 はい回想終わり。


 これ以上思い出したら多分吐く。


 これで分かっただろう。僕が今いかに心躍っているか。


 「それが言い過ぎじゃないんだよなぁ、僕が今まで食べて来たのは料理というより凝縮された地獄うっ、吐き気が……」


 「……?」


 へたり込みながらにやにや笑ってる姿は、側から見ればただの変人にしか見えないだろう。相当やばかったのかラーファルもドン引きである。


 でも今は人目なんて気にしちゃいられない。


 僕は謎テンションのまま食事会場のホールの扉を勢いよく開いた。

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