No.8 Think more for yourself
まだ夕食まで少し時間があるが、すでにホールには生徒達がちらほらと集まってきていた。
みんな早くも新しい友人を作っているようだ。
僕とラーファルも向かい合った席に座る。
周りが何の話をしているのか耳を澄ますと、こんな会話が聞こえてきた。
「なぁ、そういやさ、首席って誰だと思う?」
「エレオノーラ王女じゃねぇの? 見ただろ、あの実技試験での魔法。トルグイネの王族が魔法を使えるってのは本当だったんだな」
「王女殿下もすごかったけど、なんかもう一人化物いなかった? ほら、あの、誰だっけ?」
「ああ、あの的大破させた人でしょ。おかしいよね、エルフでも魔人族でもないのに、あの威力って」
聞いていて申し訳ない。
その『的を大破させた人』ってのは間違いなく僕の事だ。
直接言われてる訳でもないのに自分の事だって分かるのも、またなんか、こう……
「みんな君の話してるけどさ、化物ってのは流石に酷いよね。あっ、もちろん僕はそんな事思ってないよ」
ラーファルはそう言ってくれているが、みんなが僕の事を化物じみている思うのも、まぁもっともだろう。
なんせ、自分でも自覚があるくらいなんだから。
「いや、全然。酷いとまでは思ってないよ。僕自身、あれはやりすぎたと思ってるし。ほんとこんなの……怖いよね」
「怖くない、怖くないって! みんな何も知らないからあんな事言えるんだよ。エスが良い人だってのは話せば分かるのに……」
「あはは、良い人ってのはちょっと違う気もするけど……ありがとう、そう言ってくれて」
ラーファルの優しさが身に染みる。
しかもただ僕をなぐさめる為の優しさではなくて、本心から出る純粋な言葉なんだよな。
信じられないくらい、まっすぐで、無色透明に透き通っている。
……僕みたいなのとは違って。
話しているうちに、良い感じに時間が経っていたようだ。
よくありがちな食堂やフードコートとは違って、料理は自分で取りに行くのではなく、ここで働いている人達(で合っているはずだ)が席まで運んできてくれた。
レストランでもないのにここまでしてもらって良いのだろうか?
まぁ良い。
とにかく、料理が来たって事は……
――いざ、実食!!
「っ、これが、この世界の料理……ああ、光り輝いて見える……」
震える手でまずはスープをひとすくいし、口に入れる。
薄い赤橙色の透明なスープ。
それがスプーンから離れ舌の上に触れた瞬間、電流を流されたかのような衝撃が全身にほとばしった。
美味い。
ほのかな塩味と溶け出した旨味が、口の中で弾ける。
そして嚥下した時に鼻の奥を通り抜けるこの香ばしい匂い……
うん。間違いない。
最高だっ!!
「はあああ、これが! ひっさびさのまともな食事! ああああ何だこれ? よく分からないけどうまっ、謎肉うまっ」
ぶっ壊れているように見えるかもしれないが僕はいたって正気だ。
テンションが終わっている事も含めて、自分の言動がイカれている事は理解している。
――だが、僕はこれで正常だ。
それほどまでに、ここの料理は美味かった。
怒涛の勢いで食べ尽くしていくと、気がついた時には食器は全て空になっていた。
少し残念な感じもするが、満足だ。
「ええと、美味しかった?」
遠慮がちにラーファルが尋ねる。
「もちろん!」
まだまだ抜けきらないハイテンションのまま僕は答える。
これは本当に、心の底から出た言葉だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の夜は良く眠れた。
そりゃそうだ、十数年ぶりにあんな美味しい物食べたんだから。
ただ、なぜだかこういう気分はたいてい長続きしないんだ。残念な事にな。
寮に来て散々楽しんだのが昨日、なら今日は何が待ち受けていると思う?
……そう、入学式だ。
この一大イベントは決して忘れてはいけない。なにせここは学園なんだから。
どうせ何とかなるだろう、そう思っていた時もありました。
どうせただでは終わらないだろうと予想はしてたけど、こんなの、いくらなんでもあんまりじゃないか。
ああ、まさかあんな事になるなんて……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
講堂には、朝食の後すぐに集まる事になっていた。
人の波に流されていくだけで良かったから道に迷う事もなかったし、座り順もこれまた自由席だったから、特に不自由な事は無かった。
だからこそ、僕は油断していたのかもしれない。
「皆さん、この度は御入学、誠におめでとうございます。本日はお日柄もよく、晴天の中皆さんをお迎え出来た事を心より喜ばしく……」
学園長と紹介されたエルフの女性が、壇上に上がって挨拶を始める。
まったく、校長だの学園長だのの話が長いのはどこの世界でも共通なようだ。
本題に入る前の導入の時点で、もうすでにあくびが出るほど長い。
そして適当に話を聞き流していたその時、事は起きた。
「……と、私の話はここまでにして、新入生の挨拶といきましょうか。それでは新入生代表、首席セルマリエス君、壇上にお願いします」
(……なんて?)
突如仕掛けられた不意打ちに、眠気はどこかへ吹き飛んでいった。
は? 僕は何も聞いてないんだが?
僕が首席だって?
王女サマは一体どうしたんだ?
冷や汗が止まらない。
待て、どうせこんな事だろうと首席になるのは薄々感じてたんだ。
だからそれについては百歩譲って……正直認めたくはないが、まあ良しとしよう。
今問題なのは、そもそも僕がこれから何をどうすれば良いのか何一つ知らないって事だ。
だって、話すべき事も分からないのに、挨拶なんてしようが無いじゃないか。
何とかして逃げられやしないかとも思ったが、どうやらそれも無理なようだ。
学園長、さっきからずっとこっち見てるような気もするし。
……これもしかしなくても見つかってるよね? うわ、今ニコってした。絶対見つかってるわこれ。
自由席なのになんで場所バレてんの?
……まぁ何だって良いさ。
このまま黙ってたところでどうしようも無い。
はっきり言って全く気は進まなかったが、僕は諦めて壇上に向かった。
さて、これから何を話せば良いのか。
『何でも良いから、言葉よ出て来ぉい』と、壇上に着く前にあれやこれやと必死に考えてはみた。
けれどもいざとなってみれば、それも杞憂に過ぎなかった。
演壇の上には、『読んでください』と言わんばかりの紙が一枚置いてあったから。
まあそりゃ流石に、事前通告も無しで『はい、どうぞ自由に話してください』なんて事はある訳無いもんな。
とりあえず、読み上げてみるか。
「えー、この度は当校に無事入学する事が出来、誠に喜ばしく思います。つきましては、僕の方からもいくつかお話ししたい事があります……」
ふむ。内容は本当にただの挨拶だ。
緊張が無いとは言わないが、わりかし良い感じじゃないか?
今のところなんら問題も無い。
生徒達もさっきはざわついていたが、今は静かに聞いてくれている。
「一つ、皆さんそれぞれ様々な事情を抱えていると思います。しかしここでは、身分、国、種族に隔たり無く、共に切磋琢磨し合い、良き友人、ライバルに恵まれる事を切に願います。二つ、当然これから様々な事を学ぶにつれ、もちろん危険も……」
オーディエンスを気にする必要は無い。
僕はただ、無心でこの紙を読み上げる。それだけで良いのだ。
そろそろ文章の終わりも近づいてきた。
改行。
次で最後か。
「最後にここで一つ、皆さんに質問です。入学時の試験は難しいと思いましたか? 筆記試験について今のところ僕が言える事は何もありませんが、少なくとも皆さんの実技試験を見ている限り、ここには弱々しい魔術しか扱う事の出来ない雑魚しかいないのか、と少し心配になりました…………ん?」
――静寂。
(…………うん??)
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