No.9 古代文字からの……

 さて一体どうしたものか。

 僕が何も考えないで紙を読み上げたせいで、非難批判が雨あられ。

 でも自分がなんて言ったか気づいたところでもう遅い。


 慌てて元凶を今一度良く見てみると、端の方に何やら小さく書いてある。


『PS. ちゃんと読んでくれたかな? ちなみに最後のはおふざけだよ。後で学園長室においで。そこでゆっくり話そうか』


 上の文字と同じ見慣れない筆跡。そして追伸の内容と後ろから聞こえる押し殺したような笑い声で、犯人はすぐに分かった。


 ……なんて事してくれたんだ、この人は。


「ふっざっけんなぁぁぁ!!」

「首席だからって調子にのってんじゃねぇ!!」


 生徒席からは怒号が飛び交う。


 全身に突き刺さる敵意の視線。

 もう勘弁してくれよ。僕が書いた文章じゃないんだ。


 仕組まれてたんだよ!


 ……まぁ、一概に僕は何も悪くないとは言えないが。


 色々言いたい事がありすぎて胃が痛い。


(ああ、もぉ~……)


 背中を丸めてできるだけ気配を消し、逃げるようにして壇上を去る。

 僕にヘイトが集まろうが暴動が起きようが、今はまだ入学式の真っ最中だ。いつまでも紙を握り締めたままぼーっと突っ立っている訳にはいかない。


 どうにかこうにか元の席に戻った時にはもう満身創痍だ。

 息つく暇もなく、額を膝にギュっと押し付けて小さくなる。


「どうしたのエス? 急にあんなみんなを煽るような事言うなんて」


 ラーファルが声をひそめて僕に尋ねる。


 それに答える代わりに、僕は握り締めていた例の紙を見せた。

 別にここまで持ってくる気はなかったのだが、騒ぎの中で、ついつい手放すのを忘れていたらしい。


 ラーファルはしばらくそれを眺めると、悩ましげに小首をかしげた。


「何これ、なんて書いてあるの? こんなのよく読めたね」

「え?」


 言ってる意味が分からない。

 読めるも何も、ただの文章だろう?


「これは……古代文字か?」


 いつからいたのか、後ろの席からメルトが身を乗り出した。


「ある程度なら俺も理解出来るが……見ただけですぐ読めるなんて、そうそうある事じゃないと思うんだが」

「ええ……そう? 古代文字? うちにある本はいくつかこれで書いてあったから、まぁ普通かなぁって思ってたんだけど……」

「はぁ……? 教科書ならともかく、古代文字で書いてある本なんて禁書くらいしか無いだろ?」


 ……禁書、とはなんぞ?


 そんな物々しい物、僕は見た事無いと思うんだが。

 第一、仮にあったとしても、そんな危ない響きのものをあの父さんが僕に近づけるはずが無い。


「禁書って王族とか教皇様みたいな人達しか持ってないような物なんでしょ? 多少の例外はあるらしいけど……エスはそんなとんでもない物持ってたって事?」

「あったとして読めるか? 普通。それに、あるって言ったらこいつは何者なんだよ?」


 二人はそう言うが、正直、一番よく分かってないのは何を隠そうこの僕だ。


 禁書?

 古代文字?

 このまま話を進められても、僕は何一つ理解出来ない。


  だって、今まで村どころか人一人いないような所で生活してたんだよ。


 父さんがいつからあそこにいるのかは知らないけど、辺境すぎて情報のアップデートなんか絶対にされないような所だよ。


 そんなところに僕はずっといたんだよ。




 こっちの常識なんて、いまさら分かるはずがないじゃないか!!




「し、知らないよ〜……家にたまたま古い本があっただけだって……」

「それ、古いってレベルじゃないだろ」


 ああ!! 誤魔化せないぃ!!


 頼むよメルト。

 どうにかこれで誤魔化されてくれ。


「い、いやいや、世の中どこに何があるか分かったものじゃないからさ。本当にたまたまいくつか残ってただけだと思うけど……」

「でも、禁書って確か七百年くらい前に全部集められて処分されたんだよね? 知り合いのハイエルフがお母さんにそう聞いたって言ってたんだけど……」


 君もかラーファルゥゥ!!


 もうやめてくれよ、二人してさぁ。

 僕を追い詰めたところで何も出てはこないぞ!!


「いや、お前も大概だろ。ハイエルフが知り合いってどう言う事だ?」


 あ、話がそれた。

 ナイスだメルト!


「ん? うちは昔から親交があるらしいけど」

「ハイエルフってエルフの古代種だろ。竜と同じくらい伝説にしか出てこないような存在の」


 竜ならここにいるよ。


「そうは言っても、本当だからなぁ……」

「はあ……?」


 僕が言えた事じゃないけど、ラーファルもなかなかにずれてるところがあるよな。

 何があるのかは知らないし、詮索する気も無いけどさ。


 こうして見ると、メルトが意外と常識人だって事が分かる。

 いつの間にかお供もいなくなってるし、最初はよくある典型的なバカ貴族なのかと勝手に思い込んでたけど……

 ……やっぱり、こいつが変なだけだろうか?


 まあ、とにかく色々うやむやになって助かった。

 ただ、初っ端からこんな感じだと、この先どうなるか心配になってくるが……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そうこうしているうちに、気がついたら入学式が終わっていた……訳だが。

 どうした事か僕は初日から学園長室に呼び出しを食らっているので、二人とは講堂を出たところで別れた。


 学園長室には特に苦労も無くたどりついた。

正直気は乗らないが、来てしまったからには仕方が無い。

 意を決して扉を叩くと、中からどうぞと返事があった。




 他より装飾の多い扉をゆっくりと開ける。


 一歩足を踏み入れると、ギィと床がきしむ。

 窓から差し込んだ光で一瞬目が眩んだ。


 瞬きをすると、部屋の中にいくつかの人影がぼんやりと浮かぶ。

 中央で座っているのが学園長だろう。

 周りの人達はここの教師達だろうか?


 「まさか本当に来るとは。あなたやっぱり古代文字が読めるのね。試験の時もそうだったけれど、あなたは常人のそれを逸脱している。まったく、トルグイネの王女と言い、今年の一年は一体どうなっているのやら」


 彼女はやれやれと息をつき、内心の読めない微笑みを浮かべて僕に語りかけた。


 青味がかった美しい紫の瞳を持つエルフだ。

 エルフと言う種族の特性上見た目は若々しいが、その振る舞いからして実年齢は想像するよりはるかに上だろう。


「まあ、そんな事をあなたに言っても仕方ありませんね。本題に入りましょう。正直、あなたに聞きたい事は色々あるけれど、とりあえずは筆記試験についての事かしら」


 いきなり嫌な話題に入った。

 筆記試験と言えば……まぁ例のあれだろう。


「最終問題の炎熱魔術陣。あれは本来生徒の思考力を試す為の問題であって、正しい解答は求めていなかった。なのにあなたは長年未解明だった暴発の理由を突き止めただけでなく、未知の術式を付け足した。なぜ、そのような事を思いつく事が出来たのかしら?」


 学園長の問いと共に、教師達の目がジィと僕を見下ろす。

 さて、どう答えたものか。


「いや、あんなの逆に欠点を見つけない方が難しいですよ。魔力の流れをイメージすれば分かります。あちこちで魔力が逆流したり線が細過ぎてショートしたり。それに無駄な部分も多いし……僕はそれを直しただけです。アレンジについては時間が余って暇過ぎて……」


 ……どうなる?

 嘘をついても仕方が無いし、正直に答えてみたぞ。


「そんな、ありえない! 陣に流した魔力を知覚出来るなんて。それに、ルーンは一つ一つを組み合わせて意味を作るものなのに、それを無視したアレンジなんて……」


 学園長が口を開くより前に、横で聞いていた教師の一人が身を乗り出した。

 それを境に、他の教師達も一斉にざわめき出す。


(えぇ……なんで……)


 ありえないっていっても、それが現にありえてるんだからしょうがない。


 どうも僕の言動に混乱しているようだが、ありえないと言いたいのはこちらの方だ。


 ……主に、この状況について。


「専門的な事は僕には分かりませんけど……ルーンに意味なんてありませんよ。絵を描くのと同じです。意味の無い線をその時々に合わせて組み合わせる事で、全体像が浮かび上がってくる。だから初めからあるパーツを組んだだけだと、どうしても違和感が出る。それだけです」


 ざわめきは収まり、しんと空気が冷たくなる。

 学園長も他の教師達も、驚いたように目を見開いている。


(ああ……そうか。知らないのか)


 消された歴史。

 ラーファルが言っていた事。


 詳しい事は分からないが、どうにもこの世界は何かと歪められている。


 心あたりと言ったら一つしかない。




 ――『白竜』だ。




 白竜。人のいる所に降りてから、どうもその存在がちらつく。

 何千年も経った事のはずなのに。


 かつて、数千年にもわたって影響を及ぼし続けるほどの“何か”があった。

 一体過去に何が……


 ……やはりこの事は避けては通れない道のようだ。

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