No.25 ちょっと五感が鋭いだけだよ!

「それで? 結局あの人置いて来て良かったの?」


「良い。あんな意味分からんやつ、いちいち相手にしてても疲れるだけだ」


 朝礼三十分前、昨日よりも早く教室に来た僕達は、昨日と同じ席に座って雑談をしていた。


「本当に良かったのか? 朝食とって一回部屋に戻った時も、あいつまだ白くなって倒れてたけど」


「どうせ自業自得だ。それであいつが遅刻しようが俺達の知った事じゃ無いだろ」


 メルトは不機嫌そうに鼻を鳴らす。あんまり感情を見せないこいつも、起こってる時は分かりやすいものだな。


「アハハハ、怒ってるのかい? メルトサマ」


「やめろ、イジんな。怒りもすんだろ。朝からあんなおぞましいもん見せつけやがって」


 あー、結構キレてんな。これがネコだったら、地面に激しく尾を打ちつけている事だろう。


「それにしても、メルトは何でそんなに様付けされるの嫌がるのさ?」


 頬杖をつき、ふてくされるメルトにラーファルが問う。するとメルトは視線を下に向け目を細め、今までとは打って変わりどこか憂いを感じさせるような表情で小さく答えた。


「……俺はそんな器じゃねぇよ」


 質問に答えた、と言うよりは、ずっと思っていた事が口からこぼれ出て来たかのような返事だった。


 器じゃないとはどう言う事か? 僕は思わずそう聞き返しそうになったが、物憂げなメルトの表情に『これ以上は触れるな』と言われたような気がして、喉元あたりでぐっと飲み込んだ。誰にも触れて欲しく無いと感じる事はある。


「ところでさぁ、二人ともあのアンケートもう書いた?」


 重苦しくなって来た雰囲気をなんとか打破しようと、無理矢理話題を変える。……少しわざとらしかったか?


「うん。昨日書き終わったよ」


「俺はまだ三つ目は埋めてない」


 良かった、二人とものってくれた。ひとまずこれでこの空気はなんとかなりそうだな。


「早いな。僕は大体決めてあるけどまだ何も書けてないよ。なんせアンケート用紙がこんなんだったからさ! ほら、見てよこれ」


 持って来たアンケートを机の上に叩きつけ、例の場所を指さす。


 紙に書かれているものは昨日から何一つ変わっちゃいなかった。


 そう、何一つ、だ。


 つまりはあの塵みたいな文字で書かれた文章も残ってる、と言う事だ。


 机から用紙をひっぺがし、先にメルトに渡す。メルトは出来る限り紙を顔に近づけて、なんとか文字を読もうと頑張っていたが、すぐに断念してしまった。


「なんだこれ、文字……だよな? 小さすぎて何て書いてあるのか分かんねーよ……」


「僕も見て良いかな? 読めるかどうかは自信無いけど……」


 メルトからラーファルに紙が渡る。ラーファルはしばらくそれを見つめると、数秒の後に『なるほど、納得した』とでも言いたげな表情で顔を上げた。


「ああ、昨日言ってたのはこれの事か。これは確かに……ちょっと良くないよね」


「あー、やっぱそう思う? 一応今日この事先生に言おうと思ってるんだけど……」


「僕もそうした方が良いと思うよ。こう言うのはちゃんと自分の意思だけで決めないと」


 しばらく二人の会話が続く。そんな中、一人だけ話に取り残されている者がいた。


「おい待て、勝手に話を進めるな」


 当然メルトである。


「まずお前ら二人とも、何でこんな針の先でつついたような文字が読めるんだ」


「え、もしかして読めないの?」


 「何て書いてあるか分からないって今言ったじゃねぇか。逆にどうしてこれが読めるんだよ? 特にお前だ、セルマリエス」


「なんで僕名指し?」


 え〜、なんでかって言われても……あ。


 さぁて、突然ですがここでク〜イズタ〜イム!!


 この中で一番五感の鈍い種族はどれでしょ〜うか? (鋭いじゃなくて鈍いだよ!)


 一、竜


 二、人族


 三、獣人族


 そして正解は……二番の人族でした〜!


 ちなみに三番の獣人族は人間の中では一番五感が鋭くて、一番の竜に至っては文字通り人外の域だよ〜ん。正解出来た人、やったね!


 は!!


 僕は一体何を考えてるんだ。こんなのキャラ崩壊はなはだし……ん? キャラって何の事だ?


 何か今一瞬クイズ会場に飛ばされた気がするんだけど。え? 気のせい?


「エス?」


「はい!? なんでしょう!?」


「……何で敬語? ……まぁ良いや。確かにメルトの言う通りだよ。僕は種族柄目は良いけど、この大きさだとそれでもギリギリ分かるか分からないかってレベルなのに……君は何でこんな小さい文字が読めたの?」


 おっと? これはもしや……問い詰められてる?


「それは……そう、あれだよ。僕の家すんごい山奥にあるからさ、それこそ全っっっっっ然人がいないような。だから……自然の中で生活してたら感覚が研ぎ澄まされた的なアレだよ。多分」


「……多分?」


「何だ? そのひどく曖昧な答えは」


 うるせぇぇぇぇぇ! こんな説明、無理がある事くらい自分でも分かってらぁ!


 くっそ、このままだとあの裸族の二の舞に……何とか誤魔化せる方法は……


 駄目だ、思いつかねぇ。


 あぁ〜、完っ全に想定外だったよ。人間の感覚鈍ってんのかなぁ? でも今はそんなのどうでも良い。チッ、この手は使いたく無かったがこの際仕方が無い。


 ……ごり押す!!


「曖昧上等! 正直自分でも分からん。ただ僕はなぁーぜか人より五感が優れてるの! 理由は知らん、聞くな、考えるな。つまりはそう言う事だ!!」


 席から立ち上がり、二人を指さして言い放つ。迫真の演技だ。他に逃げる方法なんて無いし、これで押し通す!


「なんだそら、つまりは体質ってか?」


「その通りだ!」


「体質で済ませちゃって良いの……?」


「良い!」


「本当は人族じゃない、みたいなオチはねぇよな?」


「無い、無い無い無い無い無い!! 僕の事何だと思ってんだ一体!? そんな事、ある訳、無いだろ!! いくら化け物じみてるって言ってもなぁ、僕は見ての通り人間だよ!!」


 あっぶねぇー、怖っぇー、なんて鋭いところを突いて来るんだコイツ。


 ……でもまぁ、とりあえずはなんとかなったかな。うん。


 なんか二人とも固まっちゃったけど……これ以上何か聞いて来る気配もないし……


 だいぶ強引に話をまとめた感じだけど……


 結果オーライだし、まぁ良っか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る