No.24 メルトと変人同居人


 内容の思い出せない悪夢を見たりだとか、解除した覚えも無いのに魔法が解けていたりだとか。朝から色々あったものだが、ひとまず大事には至らなかったのだから、悪くはない一日の始まりと言えるのではないだろうか。


 そんな事を考えながら僕は制服に着替え、最終チェックをしていた。


 何? 叫びたいほどストレス溜まってたくせに悪くないとは何事かって?


 情緒不安定? マゾヒスト? 違うよ! まったく、人聞きの悪い。


 いや、だってさ、確かに良い朝だとは言えないかもしれないけれども。昨日は危うく遅刻しかけたんだし、そもそも一回死んでんだから。危ないところだったとはいえ結局は何も起こらなかったんだ。それで言ったらこの程度、どうって事は無いだろう。


「じゃ、準備も出来たことだしメルトの部屋寄って朝食とりに行くか」


「うん、そうしよっか。今日は時間に余裕があるから昨日よりゆっくり出来るしね」


 自分たちの部屋を出てメルトのいる部屋へと向かった。


 でも正直言うとどこにいるのかはうろ覚えなんだよなぁ。えーと、前聞いた話だと確かメルトがいるのは僕たちの部屋から向かって右に三部屋でその向かい……


 うん。多分ここであってるはずだ。もし間違ってたらここの部屋の人ごめんね。


 意を決してメルトがいると思しき部屋の扉を開ける。


 さぁーて、一か八かの賭けだけどここはメルトの部屋であってるかn……


「Oh……」


 部屋の中に足を踏み入れるより前に変な声が出てしまった。なんてこった。これは何とも……えーと、何だ? おもしろ、いや気まず……うん。


 ちなみに……残念な事に部屋は間違っていなかった。……でもそれ以上に、僕の悩みなんか一瞬でどうでも良くなってしまうほどの衝撃的な光景が目の前に広がっていた。


 なんとメルトの同部屋の……あー、誰だ? 名前は知らないがそいつがメルトに向かって真っ裸で土下座をしているではないか。


 は? なんっ? いやなん……は?


 見間違い……? もしかしてまだ夢の中とか? いや流石にそんな事無いよな……うん、やっぱそうだよな。顔つねってみたらちゃんと痛いもん。え? じゃあ何だ? つまり……どう言う事?


「ちょっとエス、そんなドアの真ん前で立ち止まらないでよ。それじゃ僕中みえない……じゃ……」


 後ろから来たラーファルも部屋の中を見るや否や凍りついてしまった。でもそりゃ……そうなるよな。だって人(?)生二週目の僕が処理落ちするレベルだぞ。


「……あー、来るタイミング……悪かったか? 僕は人の趣味に口出しする気は無いから……えーっと、あのー……何だ。遅刻しない程度にごゆっくり……」


「待て待て待て待て、何を勘違いしてる。これはそう言うのじゃな……」


「別に……隠さなくても良いよ! だってほら、僕達……友達じゃん? たとえ君にどんな趣味があろうと僕は全部受け入れ……」


「やめろ! お前ら俺の事何だと思ってるんだ。俺にそんなおぞましい趣味ある訳無いだろ! 考えさせんな、鳥肌が立つわ」


「「だからわざわざ隠さなくても……」」


「違うっつってんだろ話を聞け!!」


 寮のフロア中にメルトの怒号が響く。僕たちが固まっていると、メルトは今度は床で土下座のフォームを崩さない少年に向かって叫んだ。


「お前はまずそれやめろ! いやその前に服を着ろ! お前のせいでややこしい事になっちまったじゃねえか!」


 少年はやはり体勢を変えようとはしないが、下を向いたままか細い声で応えた。


「嫌ですぅ~。メルト様が許してくださるまで顔向け出来ません~」


 少年は床に額をゴリゴリと押し付ける。意地でも顔を上げる気は無いようだ。


「分かったからそれやめろ。あと様付けすんな」


「えぇっ!! それはつまり許していただけるって事ですか!?」


「いや許すとは言ってな……」


「やっぱり許していただけないのですか!? じゃあ俺はまだあなたに顔向けできないですぅ~」


「だから話きけっての! ああ~もうめんどくせぇ!」


 なおも服を着ようとも土下座をやめようともしない少年にメルトはもはや半ギレである。部屋の中は混沌としていて一切が理解不能だ。


「ねぇ……本当になにがあったの? 僕訳分かんないよ。ちょっと説明してくれない?」


 僕が同じことを聞くより前にラーファルがメルトに問う。


「それは……」


 メルトは答えようとして口を開く。が……


「それについては俺が説明する!」


 寸前で少年に遮られてしまった。


 少年はいつの間にやら立ち上がり、メルトの足元から僕達の目の前に移動していた。全裸のまま佇むその姿はさながらミケランジェロのダヴィデ像の様で、朝っぱらからあんな事するふざけた野郎のくせして高身長かつほど良く筋肉の付いた銀髪イケメンと言うのが何とも腹立たしいところだ。


 そして少年は語る。


「そう、あれは昨日の事だった。俺はどうも夢中游行の癖があってだな。寝てる間にメルト様のベッドに潜り込みあまつさえ抱きついてしまっていたようなのだ」


「は? それだけ?」


 全裸で土下座なんてしてたものだから、てっきり何かもっととんでもない事をしでかしたのかと思っていたら、たかがそれだけ? 確かに嫌っちゃ嫌だけど、そんなに許されないような事か?


「ああそれだけだったら俺もとうに許してるだろうさ。こいつの抱きついた体勢が上下逆さまだったらな!! おまけに下着すらつけてないときたもんだ。おかげで最悪の目覚めだったよ!」


 ああ。それは何とも……可哀想に。なるほどな、理解の順番が違うと。こいつ、罰で全裸になってんじゃなくて始めから服着て無かったのか。


「大体何があったのかは分かって来たけどさ、そもそも君は何で裸で寝てたの? えっと……ごめん名前……」


「サイラスだ。サイラス=グラウリス。俺が今こんな格好をしている事に理由は無い。単に俺は寝る時は服を着ないタイプなのだ!」


 ラーファルが尋ねると少年、サイラスは威勢良く答えた。すると間髪入れずラーファルのどストレートな疑問が飛ぶ。


「夢中游行の自覚があるのに服も着て無かったの? そのまま外に出歩きでもしてたらどうするつもりだったのさ?」


「うっ、そ、それは……今まで何も起こらなかったし……そんな事より俺服嫌いだから……」


「でも何か起こってんじゃん。それに一人部屋じゃないんだから服くらい着ようよ」


「え、いや、でも、家のメイドからは何も言われた事無……」


「君さ、今までの話的に貴族なんだろうけどさ、だったら分かるでしょ? メイドさんが主に口出し出来るような立場だと思ってるの? 嫌でも黙認してくれてたんじゃないの?」


「えぇ〜で、でもそんな事言ってくれなきゃ分かんな……」


「君、ここに来れる程度には頭良いんだよね? だったらわざわざ人に言わなくてもそれくらい分かるでしょ?」


「そ、そうは言っても……」


「もうちょっと考えて行動しようよ」


「ぐっはぁ!」


 あ、死んだ。


 サイラスはラーファルの怒涛の正論押しに倒れた。比喩では無く物理的にもだ。これがゲームだったら頭の上に『CRITICAL!』とか表示されてるんだろうな。


 全面的に悪いのはサイラスなんだろうけどさ、ラーファルも大概辛辣だよな。


 血反吐を吐いて倒れるサイラスを尻目に、僕はラーファルだけは口喧嘩で敵に回してはいけないと心に誓った。

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