No.26 非日常は突然に

 予鈴が鳴り、僕の強引な説明に圧倒されてた二人は、電流が走ったかのようにふと我に返った。


 へぇ、放心状態の人ってこんな感じで正気に戻るんだ。外から見るとわりかし面白……


 はい、二人がこうなったのは僕のせいです、すんません。反省してます。


 だがしかし! 後悔はしていない。何はともあれ、これで僕の目が良過ぎる件についてはうやむやになった。むしろ清々しい気分さ!!


 ……あれ? ちょっとまてよ、一旦僕の気分は置いといて、だ。


 ルルス先生って人族だよな? メルトが見えないんだったら、このまま先生にアンケートを渡しても、何が何だか分からないんじゃないのか?


 このままだと僕が変人認定されて終わりなのでは?


「うっわどうしよ、この状況になるんだったらそれも十分あり得るぞ。かと言ってこのまま引き下がる訳にもいかないし……虫眼鏡……なんてある訳ないか。それに仮に持ってたとしても持ち歩く人なんかそうそういないだろうし。じゃあどうする? いっそ読み上げるか? ……でもそれも信じてもらえなかったら……」


「おい、今度は何一人でごちゃごちゃ言ってんだ?」


 おっと、また口に出てたか? でもこのまま一人で悩んでても埒があかないしなぁ……


「いやね、このアンケートの謎の文章の事をルルス先生に言ったとしてなんだけどさ、」


「うん」


「この大きさの文字を先生が読めるって確証は無い訳じゃん?」


「ああ、そうだな。実際俺も読めねぇ訳だし」


「そう、だからそれを先生に伝えたとして、僕の言ってる事を信じてもらえなかったら……僕は頭のおかしいやつ認定されて終わりなんじゃないか?」


「……流石に被害妄想が過ぎねぇか?」


「普段から嘘ばっかついてるような人ならともかく、首席の君が言う事だったら、一切信じてもらえないなんて事は起こらないんじゃないの? そんな謙虚にならないでさ、もっと胸張ってても良いと僕は思うけど」


「えぇ〜、そうかなぁ……」


 一ミリも大丈夫な気なんてしないんだけど、どっちみち言わない事には何も始まらないからなぁ……


「本当に信じてもらえると思う?」


「大丈夫だから、言ってみなよ」


「ちゃんと伝えりゃ分かってもらえるだろ。心配するぐらいならとにかく先生んとこ行ってこい」


 うーん、でもまぁ、やっぱしょうがないかぁ……


「あぁ〜……うん……だとしてもしゃあなし……分かった! 伝えてくる」


「ああ、それが良い」


「頑張れ〜」


 よし。腹も括ったところだし、今から伝えに……いや、ちょっとまて、


「いや、やっぱり後にするよ」


「はぁ?」


「なんで?」


「そりゃぁ、だって……」


 朝礼の鐘が鳴りルルス先生が教壇に立つ。話しているうちに、いつの間にやら始業時間になっていたようだ。


「ほら、もう朝礼だ。ホームルームの後はすぐ授業始まっちゃうし、やっぱこの事は放課後に言う事にするよ」


「ここまで来てそれ言っちゃうの!?」


「今までの時間は何だったんだよ……」


 でもまぁ、時間には抗えないんだし、仕方ないじゃん?


「まぁまぁ、期限は一週間なんだし、これくらい後回しにしてもだぁいじょうぶだって。それに急いでもろくな事無いんだし、急がば回れ、的な?」


「それをお前が言うか!?」


 ……まぁもっともな意見ですわな。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 一方その頃……


「はぁ!! 俺は一体!? ……あれ? 誰もいない……」


 ……寮ではサイラスが息を吹き返していた。


 既に始業の時間は過ぎている訳で、この時点でサイラスが遅刻するのはもう確定だ。どうせ今から急いだところでその事実が覆る事も無い。半ば諦めの境地で制服を着、一人寂しく廊下に出る。


 廊下には窓から差し込む僅かな光以外に明かりは無く、薄暗い。誰もいない始業時間後の寮内は、生き物の気配が無い分、かえって夜中より不気味だ。廊下を歩くときも、階段を下りる時も、サイラスの足音以外に一切の物音は聞こえない。……本来ならばそうあるべきであろうが……


 トテトテトテ


 一定のリズムでサイラスのものとは明らかに違う足音が近づいて来る。


 おかしい。


 サイラスは立ち止まり振り返る。後ろには暗い廊下が続くばかりで、変わったところは何も無い。


 気のせいか、サイラスはそう思い前に向き直った。すると……


「こんにちは」


 異常は彼の後ろではなく前にあった。度肝を抜かれ、サイラスは後方に二メートルほど飛び退る。


「は? ……何? 子……供……?」


 彼の眼前にいたのは三、四歳ほどの年端もいかない子供だった。


「こんにちは。こんにちはこんにちは。あなたは何? 何をしているの? 生徒は学校にいる時間。あなたは何をしているの? こんにちは。こんな時間にあなたは何をしているの?」


 子供はそうサイラスに問いかけた。その口から出る言葉も、目を大きく見開き口角を上げた表情も、とても人間のものとは思えない。


「な、何なんだよお前……何で子供がこんなところに……」


「何をしているの? あなたは悪い子? 悪い子? 悪い子? こんにちは。こんにちは」


「……き、気持ち悪い……」


 いよいよ嫌な予感がする。恐怖を感じ、サイラスは廊下を引き返そうと振り向いた。だが……


「悪い子? 悪い子? 何をしているの?」


「え、何で……」


 足元にはたった今前にいたはずの子供が。それは先程よりも近く、サイラスを見上げ笑っていた。


「悪い子? 悪い子。悪い子はだめ。あなたはだめ。悪い子は主様のところへ……」


「何を、う、うわ、たす」


「い け に え」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……始業時間。生徒は皆出払い、今寮には誰もいない。


 誰も……いない。

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僕が竜とか笑えない! 〜最強種に転生した高校生は、異世界で自由と平穏を勝ち得るか? 魔法と魔術で存在証明!〜 アオウミ @aoumi_blue

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