No.3 魔法と臨死体験

 それからと言うもの、僕は父さんに魔法、魔術の修行をつけてもらっていた。


 その修行と言ったら、まるで地獄のようだった。いや、魔術を覚えるところまではまだ良かっんだ。


 みんな一度は思い描いたことがあるはずだ。自分が炎や氷を使いこなしている姿を。


 もちろん僕だって例外じゃない。前の世界ではありえないような現象を自分の手で作り出すのは、本当、すごく楽しかった。


 今でも初めて魔術を発動させた時の事は鮮明に覚えている。それに自分で新しい術式を作り出すのも、魔術の醍醐味の一つだ。


 魔術の習得はすんなりいったから、どうせ魔法もすぐに出来るようになるだろ……


 って、あの時は思っていました。今となっては後悔してます。ああ……数分前の自分を殴りたい……


 何があったか、順を追って説明しよう。


 そう、あれは魔術の扱いにだいぶ慣れてきた頃の事だった……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それまで父さんは僕が魔術で遊んでいるのを少し離れて見ているだけだったが、ある程度魔術が上達し、新しい術式を作り出し始めるようになると、そろそろ魔法を覚えてみないかと僕に提案した。


 もちろん僕はそれに賛成した。


 すると、ちょっと笑って父さんは人化を解いた。この時僕は初めて竜の姿の父さんを見たのだけれど……なるほど、道理で普段元の姿に戻らない訳だ。想像してたよりかなり大きい。


 見惚れていたのも束の間、父さんの放った一言で現実に引き戻される。


「エス、魔術は使わないで私を倒してみなさい」


 何事? 魔術は使わないで? 倒す?


 いや、無理だろ。絶っっっっ対無理。現状の僕の唯一の武器が封じられては、倒すどころか一撃を入れる事さえ叶わないだろう。


 でも今更『やっぱやめる』なんて言えないし……とりあえず爪で攻撃でもしてみるか。


 爪を伸ばして一撃、上げた腕を振り下ろす。父さんの前肢の鱗に直撃して乾いた音が鳴った。が……


 父さんには傷一つついていない。嘘だろ、木が倒れる程度の威力はあったはずなのに。


 その後も攻撃を続けるが、効いている様子は全く無い。


 すると父さんが何か唱え始めた。


 それに応じて、前足の方に無色のエネルギーのようなものが収束していくのが分かる。


 それを見た瞬間、前世で死んだ時でさえ感じなかった『死に対する恐怖』が背筋を駆け抜けた。


 弾かれる、と思って咄嗟に身構えた瞬間、全身に衝撃が走る。


 後方に吹き飛ばされ、完全に停止するまでに木の五、六本をへし折った。


 痛みとか言う以前に、ただただ何が起こったのか分からなくて呆然とするしか無かった。何なんだこれは。


 呆けて立ち上がれないままでいると、いつの間にやらまた人型になった父さんがこちらに歩み寄って来た。


「大丈夫かい? まだ大した威力は出してなかったと思うけど……」


 あれで大した威力じゃ無いのか? 人間だったら確実にミンチになってたと思うんだけど。


「父さん、何? 今の、」


「簡単な強化の魔法だよ。こう言うのは実戦で習得するのが一番良いんだ」


 実戦。そうかぁ、じっせんかぁ、僕学園に行く前に死んじゃうかもなぁ。


 それからの事と言えば、もう何も言わなくても分かるだろう。


 突撃しては吹っ飛ばされての繰り返し。戦闘というよりはただの蹂躙である。


 そんな中でも、僕は僕なりに父さんの真似をしてみようとはしていた。詠唱を耳コピで再現してみたりさ。


 でも上手くいかない。ってかどうやって発音してんのあれ。だけどなぁんかあの音の感じ、既視感があるんだよな。何だっけ?


 攻撃を続けながら懸命に記憶を辿る。


(前世で聞いた感じか? いや、でもこれはもっと最近の……あ、)


 何だか分かって来たかも知れない。そうだ、思い出した。僕がまだ喋れなかった時のアレだ。あの喉の奥から響いて来るような……


 一か八か、あの時の感覚を思い出し、発音してみる。


 一回目、うまくいかない。掠れた空気みたいな音が出た。


 二回目、やっぱりだめだ。


 三回目、少し声が出るようになってきた。


 四回目、五回目、六回目、発音自体は大分出来るようになってきた。


 七回目、少し声に魔力をのせてみようか。


 八回目、ほんの少しだけだが強化出来たかもしれない。そしてそのまま爪に力を収束させて……


 最初とは違う、バキィと、砕けるような音がした。


 恐る恐る目を開けてみると、父さんの鱗に亀裂が入り、そこから血液が滴っている。


「やっと一撃、入れられたね」


 父さんはそう言ってまた人化した。


「そろそろ暗くなってきたし、戻ろうか」


 そう言われて辺りを見回すと、景色は夕日で紅く染まっていた。時が経つのにも気付けないほど集中していたようだ。カラスの代わりにでっかいワシみたいなのがギャアギャア鳴いている。


 ——そして今までの集中が切れるとやって来るのが、全身の痛みと疲労だ。


 いくら竜の体が頑丈だからって、流石にこれは堪える。散々吹っ飛ばされてもう限界だ。 


 産まれたての子鹿の様な足でしばらく頑張っていたが、とうとう支えきれなくなって、どっと地面に倒れ込んだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 それからとても歩ける状態じゃなかった僕は、父さんに連れられて、泉へ水浴びに行った。


 生傷に水が染みるが、冷たい水は心地良い。


「父さん」


「うん?」


「僕、あれで魔法使えてたの?」


 僕の使った強化は魔法と言うにはあまりにも些末なものだったので、本当にあんなので良かったのか、思わず父さんに聞いてみた。


「誰でも初めはあんなものだよ。それに本来魔法の習得には何日もかかるものだから。その分エスは筋が良いね。魔術だってそうだ。本来新しい術式を作り出すのは、そう簡単な事じゃないんだよ」


 父さんはそう言って微笑んだ。


 僕は何だか嬉しくなって、尾を揺らして伸びをした。

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