No.20 お礼に床を直しましょう

 『白猫亭』にて出された料理、チョンなんたら……のホロホロ煮。名前こそ怪しいが、ぱっと見はただの白身魚だ。


 試しにスプーンで軽くつついてみると簡単に身がほぐれた。料理名に違わずかなり柔らかい。


 一杯すくって口に入れると、それは旨味だけを残して解けるように消えた。味は白身魚……いやマグロ……いや鶏か?言葉で形容するのが難しいが淡白な味がする。なるほど、これは美味い。


 味付けが塩とハーブだけってのも素材本来の味が引き立って良い。家庭料理の優しい味って感じがして疲れた体に染み渡る。


 初めて食べたその料理のあまりの美味さに舌鼓を打ち黙々と食べ進めていると、突然店の入り口のドアが粗雑に開けられ、二人の男がドカドカと店内に侵入して来た。どっちが何だと区別するのも面倒なので、先に入って来た犬?オオカミ?の獣人をチンピラA、後から来たニンジンみたいな髪色の人族をチンピラBと呼称する事にしよう。


 チンピラAは店員の少女に近づくと、彼女の目前まで迫り勢い良く壁に手をついた。


 いわゆる壁ドンと言うやつだろうが、チンピラAは大して背も高くなければ顔にも特にこれといった特徴は無いので、はっきり言ってキザっぽくて気色悪いだけである。


 黒猫少女はもちろんトキメキなんぞは一切感じていないようだが、かと言って恐怖を感じている様子も無い。


 現在の彼女の表情をあえて一言で言い表すならば“無”だろう。


 「シャロンちゃ〜ん。ああ〜やっぱりキミはかぁわいいなぁ。その琥珀色の目、漆黒の尾と耳の毛並み、何をとっても美しい。ねぇ、キミはそのままでも十分かわいいけどさぁ、俺ならキミの魅力をもっともっと引き立てられるんだよ。だからさぁ、俺と付き合おうよ、シャロン。こんなに俺はキミのことを想ってるんだからそろそろお返事くれないかなぁ。」


 チンピラAはねちっこく少女を口説き落とそうと不快な言葉を並べる。よくもまぁそんなに吐き気をもよおすような文章がつらつらと口から出て来るものだ。


 チンピラBはその様子を見ながら後ろで笑い、面白がってか冗談混じりにチンピラAに声援を送りはやし立てていた。こいつ、仮に元の世界にいたとしたら、この状況を動画で撮影してSNSに投稿とかしてるんだろうな。


 やれやれ、目の前でこんな事されたらせっかくの料理が不味くなるじゃないか。何、ここは一つぶっ飛ばして二度とその口開けないようにしたら……ん?店主?


 僕がちょっとチンピラAを始末しようと席を立ち上がろうとしたその時、店の奥から店主が拳を握りしめゆっくりと彼らに歩み寄って行った。娘のピンチだ。店主はかなり怒っているのか、心なしか紫色の炎のようなオーラが見える。


 「おいアンタ、ま~たしょうこりもなく来たのかい。」


 店主はチンピラAの首根っこを掴み娘から引き剝がすと、そのまま床に投げ捨てた。


 そしてチンピラAの前に仁王立ちで立ちはばかると、拳をべキバキと鳴らし転がっているそいつを見下ろす。


 「いや、その、俺はただちょっとシャロンちゃんとお話し出来たらなぁって……」


 「ちょっと?お話し出来たら?アンタ確か先週も同じ事言ってなかったかい?」


 「え、あぁ、いや〜、そういやそんな事あったかな〜……」


 「何?またとぼける気かい?アンタそれで前にどうなったか忘れた訳じゃないだろうね?」


 店主は筋肉を筋張らせチンピラAににじり寄る。


 チンピラAはなさけなく体を縮こまられせ後ずさって行く。尾は丸まり耳はしょげ、まるで飼い主に怒られた犬のようだ。やっぱり獣人は感情が分かりやすい。


 「ちょ、ちょっと〜……暴力は良く無いですよ……お、俺も悪かったけどやっぱりそれだけは……」


 チンピラAの言葉を待たず男に向け店主の拳が飛んだ。拳は男の頬をかすめ店の床に突き刺さる。


 ドゴォ!


 少し揺れたかと思うと、店の床に直径約五十センチほどのクレーターが出来ていた。


 「ひぇ……」


 男の頬から血が滲む。チンピラAはすっかり怯え切って、もうただガタガタ震えている事しか出来無い。


 「前にも言ったことが分かって無いようだねぇ。アンタシャロンが嫌がってるのが見て分からないのかい?」


 店主はしゃがみ込み、ずいとチンピラAに青筋の浮かぶ顔を寄せる。


 「良いかい?これに懲りたら今後娘に近づくんじゃないよ。もしアンタがまたウチに来て、同じ事を繰り返すようなら、今度はこの拳をアンタの顔面にぶち込むよ!分かったかい!?」


 店主がそう脅すと、チンピラAは文字通りしっぽを巻いて四つん這いで店を飛び出して行った。


 それを見届けると、店主は今度はチンピラBに鋭い眼光を向ける。


 「アンタもだよ。注文もしないくせにいつまでここに居座る気だい?……そういやアンタ確かこの間無銭飲食してったやつだよね。もしかして自分から食材になりに来たのかい?ちょうどニンジンが足りなくてねぇ……」


 「え?まさか覚えてて……って俺はニンジンじゃ……」


 「あ゛?」


 「いや、その、ごめんなさいぃぃ~」


 チンピラBは情けない声を上げると、一目散に逃げて行った。チンピラABがいなくなると、店主は溜め息をつき呟く。


 「やれやれ、アイツらも懲りないねぇ、一体何がしたいんだか。それにしてもまたお金払わないで出て行ったね。はぁ~この床どうしようか……」


 そして床のクレーターを見つめまたもや溜め息をついた。いや店主、それはあなたがやったんじゃないのか。


 僕はすっかり空になった皿にスプーンを置き立ち上がる。


 「すみません。お会計お願いします。」


 「え?ああ、はいはい。銅貨二枚ね。いや~それにしてもごめんねぇ。こんなの見せちゃって。」


 小袋から銅貨を取り出しながら床を見やる。これまた立派なクレーターだ。普通に修理するのは大変なんだろうな。


 「いえいえ、あれはあの人達が悪いでしょう?店主が気に病む事なんて何もありませんよ。あ、これお代です。それにしてもここの料理は最高ですね。銅貨二枚じゃ足りないくらいだ。」


 「はははは、それは良かった。あたしゃ自分の料理でみんなが笑顔になってくれるのを見るのが一番好きなんだ。安さもその一つだよ。店の利益より客の笑顔さ。」


 なるほど、料理が美味い訳だ。この性格があの優しい味を生み出すんだろうな。


 「あはは、お優しいんですね。やっぱり銅貨二枚じゃ足りないですよ。そうだ、これは僕からのささやかなお礼です。」


 僕はあの素晴らしい料理に何かお返しをしたくなって、壊された床に近づいた。


 大丈夫、今なら店主以外誰も見ていない。


 身をかがめクレーターに手をかざす。


 『巻キ戻レ、元ノ姿ニ。』


 そう小さく唱えると、一瞬のうちに床はチンピラABが来る前の姿を取り戻した。


 「あ、あんた、今何を……」


 驚愕する店主に、僕は人差し指を自分の口元にあて言う。


 「この事は内緒ですよ。今日は本当にご馳走さまでした。」


 そして鈴音響くドアを開け、僕はこの店を後にした。

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僕が竜とか笑えない! アオウミ @aoumi_blue

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