No.19 邂逅、白猫、情報過多
昼下がり、僕は昼食がてら散策をする為に学園のすぐ外にある街に出ていた。厳密に言えば学園“外”じゃなくて学園“内”なんだけど、まあそこはどうでも良い。
ちなみにラーファルとメルトは別行動だ。何でも授業で少し分からないところがあったから先生に質問に行くらしい。
魔術戦闘の後には数学、文学と特に話しどころの無いような授業が続き、最後の哲学については何が何だかよく分からなかったけど気が付いたら四限で授業は終了していた。
どうもここでは授業自体は午前中で終わるらしく、つまり今はかなり早い気もするが放課後と言う事になる。
他の学年はこの時間に研究とか趣味とか、冒険者として日銭稼ぎとか色々やってるらしいけど、僕は特にやる事も無いからこうして街に出て来たって訳。でも持って来れたお金もそこまで多く無いし、そこのところはちょっと考えとかなきゃな。
それにしてもずっとあんなところで数百年も引きこもってたはずなのに父さんはどうやってお金を調達して……
「あでっ、」
ごちゃごちゃ考えながら歩いていたら前から来た誰かとぶつかってしまった。制服に付いた模様が少し違う。上級生だろうか?
「す、すみません。ちゃんと前を見てなくて……」
「ああ、いや、こっちこそ。考え事しててね。不注意だったよ、すまない。」
どちらが悪いとかは無いが、とりあえず僕と先輩はお互いに謝り合う。
やれやれ、何でも良いけどやっぱり前だけはちゃんと見て歩くべきだな。今回は優しそうな人で良かったけど仮に不良だのごろつきだのと遭遇してみろ、それこそ面倒な事になる。場合によっちゃそいつらを再起不能にさせなきゃいけなくなるかも。
「ところで君は新入生だろ?何かこの辺りに用があるなら、良かったら案内でもしてあげるよ。ちょうどする事も無くて暇だったんだ。」
何と、案内をしてくれるだと。裏があるようにも思えないし、本当に親切で言ってくれているのだろう。ならここはご厚意にあやかっておくとでもしますか。
「ああ、それなら……そうですね。この辺でリーズナブルで美味しい物が売ってるおすすめの店ってありますか?」
「え?そんなので良いのか?」
先輩は僕の答えに意外そうな顔をしたが、こんな事でも僕にとっては死活問題だ。
十二年、十二年もまともな食事をせずに生きて来たんだ。そのせいで今の僕には食欲なんて概念は存在しないはずなのに、ありえないほど食に対して貪欲になってしまっている。その結果何が起こるかと言うと……
「はい!全然構いません。いや、むしろ教えて下さい!」
一昨日の夜しかりこうなる訳だ。
「そ、そうか……なら、個人的におすすめなのは『白猫亭』って店だな。あそこは店主の腕が良いから料理も美味いし、何より安い。そこまで有名じゃないから知る人ぞ知る店って感じだ。」
ほほう、それはかなり気になるな。ところで店の名前からすると店主はやはり猫獣人だったり?ネコ耳……何とも夢が広がる……
「なるほど。ならそこで、ぜひ!お願いします!」
「分かった。こっちだ。ついておいで、案内しよう。」
そして少し歩いて細い道に入ると、やがて『白猫亭』に辿り着いた。入り口の扉の前には『OPEN』と書かれた簡素な立て看板が置いてある。
「着いたぞ、ここが『白猫亭』だ。ここの料理ははずれがないがそこそこ種類があるからな。もし何を頼むか迷ったら店主のおすすめを注文すると良い。それじゃあ俺はもう行くから。じぁあな、楽しめよ。」
「はい!ありがとうございました!」
そう言うと先輩は元来た道を引き返して行った。良い人だったな。
さて、じゃあさっそく店の中に入ろうではないか。
ぐいと扉を押すとカランとベルの音がした。鼻腔を通り抜ける食べ物の匂いが心地良い。ちょうど良いリフレッシュだ。今日は一限で散々な目にあったからな。
店内はそこそこにぎわっていて、客のほとんどが学生だ。
「いらっしゃいませ〜、一人ですか?ではこちらの席にどうぞ〜。」
猫獣人の少女に案内され二人席の丸テーブルにつく。
店の名前の通り彼女は確かに猫獣人だが、白猫では無く黒猫だ。店員さんだろうか?
「その制服……もしかして学園の新入生さんですか?ここに来るのは初めてですよね。こちらメニュー表になります。何をご注文なさいますか?」
少女はそうテーブルの上の冊子を指差す。その表紙には確かにメニュー表と書いてあるが……ちょっと分厚過ぎやしないか?
パラパラとめくってみると、一ページ一ページに細かな文字でびっしりと料理名が並んでいた。ここから一つ選ぶのは骨が折れそうだな。でも値段は……確かに全部安い。
しばらく考えてはみたが結局一つに絞りきれないし、はっきり言って何がどんな料理なのかも分からないので僕は先輩の言っていた『店主のおすすめ』を頼む事にした。
「それじゃあ……この『店主の日替わりイチオシメニュー』ってのを一つお願いします。」
「かしこまりました!お母さ〜ん、イチオシメニュー一人前だよー!」
少女は僕の注文を聞くとそう厨房に向かって叫ぶ。
「シャロン!仕事中はお母さんじゃなくて店長って呼びな!イチオシメニューね。お客さん!ちょっと待ってな、すぐ用意するから!」
厨房からはハリのある女性の声で返事が返って来た。
店主はこの少女の母親なのか。やっぱり白猫なのかな?そんな事を思いながらしばらく待っていると、数分後に厨房から一人の女性が料理の皿を持って出て来た。
真っ白い髪にネコ耳しっぽ、僕は一目で店主だと気付いた。でも何か……思ってたのと違う。
店主は確かに白猫獣人だった。だが……
高い背に美しさを覚えるほど鍛え上げられた見事な筋肉。随分と逞しい体付きをしている。
「お待ちどぉ!今日のイチオシ『チョングリャィモチィヤのホロホロ煮』だよ!」
待って、待って、情報量が多い。店主の見た目もそうだけど、そんな事より今何て?チョン……何?どうやって発音したのそれ?
いや、でも、料理の見た目は良い。匂いも良い。
そうだ、僕が何しにここに来たのか思い出せ。この際他の情報なんてどうでも良いだろ。大切なのは味だ、味。
目の前には一皿の料理、そして僕は今最高に食に飢えている。
こんな時に迷う事なんて何も無いだろ。
それではさっそく……
いただきます!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
エスと別れた後、赤髪灰眼のその少年はどこに行くでも無くふらふらと街を彷徨い歩いていた。
別段目的など無い。昨日あんな事があったものだから、ただ一人になりたかったのだ。
成績優秀、容姿端麗。性格も良く、入学以来首席の地位にありながらも驕る事無く努力を続ける。そんな姿が人望を集め、ただいるだけで人を惹きつける。
まさしく非の打ちどころの無いような人間だ。だが彼には一つだけ受け入れ難い現実があった。
才能、権利、親からの愛、彼が心の底から渇望するものは全て弟が生まれながらにして持っていた。
彼に憧れ付き纏って来る者はいれども、等身大で話せる者は誰もいない。そんな孤独を胸の内にひた隠し、今日も今日とて優等生をただひたすらに演じる。
その少年の名はアクトといった。
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