No.18 高評価と言う事にしておこう
「ふむ、防御力の高い毛皮を避けての攻撃ですか。彼らにとって毛皮に守られていない目や鼻などは最大の弱点となる。それを一撃で確実に撃ち抜くとは……素晴らしい。」
うんうん。なかなかの高評価。でも今はそんな事言ってる場合じゃないと思うんだよね。
だってほら見てよ。急に鼻先切られてこいつめっちゃ怒ってるよ。どうすんだよこれ……まあ僕がやったんだけどさ。僕がやったんだけどさ!
おーい、先生ー、言われた通り一撃入れたぞー。さっさと止めてくれよー、こいつ超暴れてて誰も近付けないんだよ!キレた野生動物ってマジで怖いんだから……
怒り狂った黒獅子は四方八方に吠え散らかしながらめちゃくちゃに爪を振りかざしている。鋭い爪が地に打ちつけられるたびに床はえぐれ、とてもどうこう出来るような状況では無い。みんな出来るだけ離れているだけで精一杯だ。
「しかしまあ何とも派手に怒らせたものですね。これでは私も少々手こずりそうだ。」
しばらく様子を観察していたヨセフ先生は、そう呟くと脇目も振らず一直線に獣に歩み寄る。獣はそれに気付くや否や、目の前の人間を怒りのままに噛み殺そうと先生に牙を突き立てた。が……
ガチンと何か硬いもの同士がぶつかり合うような音がし、獣の牙は球状の障壁に阻まれ先生の体に傷一つ付ける事は出来無かった。
「おやおや、まさか爪より先に牙が出るとは意外でしたね。そちらの方からわざわざ弱点を晒していただけるとは思いもしませんでした。……可愛らしいお口の中が丸見えですよ。」
そんな状態から何をするのかと思ったら先生はそのまま獣の口の中に向けて……えーっと……うん。これは……酷いな。
何が起きたか、結論から言うと炎の柱が獣の頭から突き抜けた。やられた方はもちろん即死だ。
魔獣がこちら向きに倒れて来たせいで生焼けの断面がよく見える。な、酷いもんだろ。
育ちが良い奴らも多いだけに、こう言う事に耐性がついていなかったのか後ろからはまばらに嘔吐する音も聞こえて来る。
僕はこう言う系のはある程度なら大丈夫だけど、種族柄鼻が利くだけに魔獣の脳髄だの吐瀉物だのの臭気で鼻がひん曲がりそうだ。
ちなみに竜は目もかなり良いから傷口の断面も細部まではっきり見えるぞ、うわ直視しちゃった最悪。全く、もっと綺麗な倒し方は出来なかったのか……
……でもまあ、今更とやかく言ってもしょうがないか。死体がグロいとか文句言ってられるような状況でも無かったし。
最初からこんなんで良いのか、とか言いたい事はたくさんあるけど、とりあえずこれで僕達の初授業は鮮烈かつおぞましい記憶をみんなの脳裏に刻みつけて終了した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
人気の無い廊下にノックの音が響く。扉の内から返事があるのを確認し、老爺はその部屋の中に足を踏み入れた。
「お疲れ様です、ヨセフ先生。それで?今年の1-Aはいかがでしたか?」
学園長ライネールは持っていた書類を机の上に置きヨセフに尋ねる。
「そうですね、皆元気があって良い子達だと思いますよ。いきなりの実践でも臆せず攻撃する事が出来る。相手との力の差が圧倒的であると理解しながらも最低限の立ち回りをしようと言う気概を感じますしね。もちろん中には腰が引けてる者もいましたが、一切の抵抗も出来ず身動き一つ取れないと言う者は誰一人としていませんでした。」
ヨセフがそう答えるとライネールは柔らかく頷く。
「なるほど、それなら安心ですね。あの子達の為にも早い内からしっかりと鍛えてあげなさい。このまま誰も失わずに卒業させてあげる事が出来れば良いのですが……ああ、そうそう、ところで話は変わるのですが、例の彼は改めて見てどう感じましたか?」
続いての質問にヨセフは顎に手を当て何やら深く考え込む。しばしの静寂の後、おもむろに口を開き出て来た答えはライネールにとっては少し意外なものだった。
「ううむ、彼ですか。クラスの中でも飛び抜けて才能がある子だと思いますよ。クラスメイト達からはあまり快く思われていないような節もありますが、本人自体は悪い子では無いと思います。ですが……正直申し上げると私は彼が恐ろしい。」
「ふむ、恐ろしいですか。それはまた何とも……いえ、続けてください。」
「はい。まず彼が最初に魔術を使用した時の事です。あの時彼が使った魔術、見た目はただの水球でしたが的にかけられていた幾重もの防御魔術をものともせずいとも容易く的を破壊、いや、粉砕しました。それだけのみならず今日の授業では動き回る魔獣の鼻先に攻撃を命中させた。全く恐ろしい事です。何よりあの子にとってこの程度の魔術を行使するくらいでは力の一端を見せた事にすらならないのでしょう。仮に彼が本気だったならば魔獣もあれでは済まなかったでしょうな。」
そこまで聞くとライネールは話の内容にどこか引っかかったのか、首を傾げてヨセフに問う。
「あら?でもそれなら二年前の1-Aの首席君も似たようなものだったのでは?あの子は確か初授業の魔獣を剣の一振りで両断していましたよね?あなたその時『魔術以外は使用禁止、と言う前に剣で一撃で魔獣を討伐した生徒がいる。方法を指定する前だったとは言えこんなに早く授業を終わらせた生徒は他にいない。今後の成長が楽しみだ。』って言ってたじゃない。あの時は一言も恐ろしいとは言いませんでしたよね?」
「はい。確かにその通りです。異様な強さと言う点では彼らは同じ、ですがそもそも前提条件がまるで違うのです。あの時使用した魔獣は例年通り学園内のダンジョン三層のフロアボス、今年使用したゼフィルの黒獅子には到底及ばないようなB級の魔獣です。例年とは異なる魔獣を用いた事、これが現時点での私の彼に対する評価に深く関わってくるのです。」
そこまで話して一息つくと、ヨセフはポケットから一通の手紙を取り出しそれをライネールに差し出した。
「……これは?」
「一昨日の夜に黒獅子と共に私のもとに届いたものです。」
手紙にはそれを運んだのであろう鳥の爪の跡がくっきりと残っていたが紙質はしっかりとしていた。ライネールはそれを裏返しその送り主を確認する。
「……ラクレ……アリス?」
「はい。名前あまり知られていないかもしれませんが学園長先生もご存知のはずです。歩く理不尽などと度々形容される、いつからいるのかも分からない赤髪のエルフ……」
「……まさか、」
「はい。……『紅の魔女』様の事です。」
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