No.17 ゼフィルの黒獅子

 こんにちは! 毎度お馴染みセルマリエスです! 僕達は今、教室を飛び出し闘技場に来ています!


 とまぁ茶番はこのくらいにして、どうしよう。本当に困った事になった。


 実技系の授業と言う事で、僕達はあの後教室を出てここ闘技場に来た訳だ。


 いくら死人が出るような授業とは言え、流石に初回なんだしせいぜい説明とかあったとしても軽〜い能力確認で終わるでしょ、って思うはずだ。普通はね。実際僕も今この瞬間まではそう思ってました。


 なのにこれは一体どう言う事だ? 目の前には馬鹿でかい檻。そしてその中にはこれまた馬鹿でかい魔獣。そんなのが警戒心たっぷりにこちらを睨みつけて唸ってくる。


 これから起こる事が僕の想像通りだったら逃げても良いかな?


「では早速初めるとしましょうかね。今皆の目の前にいるのは西のゼフィル樹海に巣食う黒獅子。強さは……ううむ、A級の冒険者パーティーなら三、四組で倒す事が出来るくらいですかな。差し詰めSの下、いやAの上級くらいの魔獣です」


 Aの上級……まず冒険者の階級がよく分からないけどとにかくヤバいって事だけは分かる。


 にしてもこいつでっかいなぁ。父さんには及ばないにしても人化してない時の僕よりでかいぞ。


「あの〜、先生。もしかして僕達にこの化け物を討伐しろ、とか言ったりはしませんよね……?」


 恐る恐る一人の少年が手を挙げる。ああ、少年、分かるよ。君がそう聞きたくなる気持ちは良く分かる。だけどね、こんな時そう言う事は口に出してはならんのだよ。まだ逃げられるかもしれないのにそんな事をしたらフラグが立って……


「ほう。君、よく分かっているではないですか。まあ新入生たる皆に討伐すると言うところまでは求めませんよ。せめて傷一つ負わせてみなさい」


 ほらこうなる。むやみやたらにそう言う事を言うもんじゃないのよ。


 おっと、今はそんな事どうでも良かった。ちなみにみんなは……ありゃ、固まってら。そりゃそうだ。だって今まさに死にそうな状況になってるんだもん。


 え? 僕? 困っただのなんだの言ってる割に随分と余裕そうだって?


 いや、まあね。だってみんなと違って僕は間違ってもこいつに殺されるなんて事はあるはずが無いんだもん。いくら人化してるからって竜は竜。ネズミがライオンに勝てないのと一緒だよ。負ける道理が無い。


 え? 中身は元人間じゃないかって? 前世は平和ボケした日本人だって自分で言ってた……ってそこまでは言ってない気がするけど、まあ……うん。


 それは置いておいてとにかく! だからこそめんどくさいんだ。仮に僕一人だったら一撃でこいつを捩じ伏せて終わりだったかもしれない。でもこれは授業だ。当然周りに人はたくさんいるし、少しでも本気を出そうものなら今まで以上に誤魔化しが効かなくなるのは目に見えてる。


 それに本気を出さないにしても出来るだけ手加減してあの威力だったんだ。また調節を間違えて悪目立ちするなんてごめんだね。別に僕は自分の力を誇示したい訳じゃないんだ。


「そろそろ心の準備も整いましたかね。では檻を開けますので……頑張って下さい」


 ヨセフ先生が手をかざすと鈍い音を立てて檻の戸が開いた。解放された獣はギラついた目で僕らを見下ろしている。まるで誰に最初に飛びつこうか品定めをしているかのように。


 初めに動いたやつからやられる、その緊張の中誰しもがいつでも反撃出来るよう構えをとっていたのは普段からある程度の危険には慣れているからなのかはたまたAクラスとしての意地なのか、そんな事僕には分かるはずも無い。


 ただこの備えがあったからこそ初撃で一人仕留められる……なんて事にはならなかった。


 獣が一番目の獲物を見定め一歩踏み出した瞬間、数多の魔術がその巨大に向け放たれた。だが……


「……あーあ、全部跳ね返されてるじゃん」


 みんなの攻撃は当たりこそすれ、全て合わさってもその黒く艶やかな毛皮を傷付ける程の威力すら無かった。あったとしてもせいぜい毛の一部が焦げる程度だ。


 四方八方から飛んで来る魔術に獣は鬱陶しそうに軽く身震いをし、天に向かって一度高く咆哮を響かせた。空気の振動がびりびりと体の芯に伝わって来る。


「うわ、うるさっ」


 幸いにも僕の場合はうるさいで済んだが、人間であるみんなはそうはいかない。それにいくら優秀なAクラスの生徒とは言えまだ子供だ。全員ではないにせよ、今ので本能的に恐怖を感じ戦意を喪失してしまってるものも少なからずいた。


「無理だよこんなやつ……全然歯が立ってないじゃないか……」


 弱音を吐くものも現れ始め次第に恐怖が伝染していく中、ラーファルやメルトを始め数人の生徒はなおも懸命に攻撃を続けている。その内の一人エレオノーラは振り下ろされる獣の前肢を避けながら叫んだ。


「先生! 弱音を吐くようで申し訳ないのですがやはり無理です! こいつに傷をつけるには今の私達では力不足です! もっと圧倒的な火力があればもしかしたら……だから、魔法を使用しても……」


「駄目です。この授業では魔法も剣も禁止です。辛辣な事を言うと思われてしまうかもしれませんがそれでは皆の為になりませんゆえ。確かに今の皆にとってゼフィルの黒獅子は手に余る相手かもしれない。皆と言っても一人を除いてね。目の前の敵に手一杯で気付いていませんか? この状況でも一切動じていない、まだ一撃も魔術を放とうとすらしていない者が一人だけいるでしょう。彼の力を見る前に諦めるのはまだ早すぎると思いませんか?」


 何って事言いやがるこのジジイ。せっかく気配を消してたってのに! くそっ、どうすれば……


「おっと、これ以上逃げようったってそうはいきませんよ。あなたの実力は織り込み済みです。そうでも無ければ一年生の初回授業にこんな危険生物と戦わせるような事はしませんから。さ、遠慮せずに」


 ああもう駄目だ。って、こんな事になったのって僕のせいかよ〜。


 でもこうなってしまったのならしょうがない。まだ調整しきれてないのに、どうなっても知らないぞ。


 試験の時と違って周りに人がいるからうっかり巻き込まないように派手なのは避けよう。魔獣がでかいだけあって射線は良好。よし。


 一か八か、周囲を確認して僕は魔術を組み始める。


(失敗した時に危険過ぎるから火はやめよう。程良い威力で扱いやすいのは……うん。前の反省も活かせるし水にしよう。この前の感じ僕が思ってる以上に魔力は少なくて良い。形は槍……いや駄目だ、貫通力の調整が難しい。当たりどころによっては殺しかねない。なら刃か。表面を軽く撫でる感じで良い。一枚だとバランスが悪いし安定させる為には二枚、十字重ねにして……)


 ……こうか。


 ——水系統魔術 十文字水刃——


 放たれた水は見事命中、獣の鼻先を切り裂いた。

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