第21話・今後

 ここまで逃げてきた姫様の疲労を考慮し微妙な空気のままだったがその場は解散となった。

 姫様は兵士たちがずぶ濡れになりながらなんとか川を渡した馬車に乗り、俺達は伯爵の居城へと帰還する事にした。


 俺はたんこぶが出来ていそうな頭を擦りながら、伯爵とジョナサン隊長の横へ並んでいる。


「いまだに痛い……」


「殴って済ませただけ温情だ。このような状況でなければ首をはねてやったわ」


「茶番もそこまでにしてください。……本当なら伯爵様へだけお伝えしようとしていましたが」


 じゃれあいをジョナサンは冷めた目で見ていて、なんなら俺にはさらに冷たい視線を飛ばしてくる。

 ジョナサンが伯爵へ密談を持ちかけた様だが、その伯爵が俺を呼んだことを不満に思っているらしい。


「こいつの身元は確かだ、なんせワタシの親友の息子だからな。それに能力だって優れていると保障しよう」


「……いつものことながら……ハァ……。機密情報ですからね? わかっていますか?」


 渋々、本当に渋々と言った感じで根負けしたジョナサンは密集するように指示してきた。

 そして小声で周囲に注意を払いながらその密談の内容を話し始めた。


「国王様は籠城時に一つ手を打ってなされていました。……教国への援軍要請です」


「教国に。……しかし動くのか?」


 教国。

 俺は国家間の関係などは一切知らない。そのため情報を逃すまいと俺は一字一句聞き逃さないよう耳を大きくした。


「まさにそれなんです。教国は予想外な事に猊下自らが軍を率い親征するようなんです」


「げ、猊下みず――!?」


 馬上から器用にジョナサンは伯爵の口を抑え込んだ。よほど情報へ気を配っている為か、そのまま二人は落馬した。


「声が大きすぎます!」


「す、すまん。だが本当なのか? とてもじゃないが信じられん」


 二人は恥ずかしさか興奮からか顔を赤くしながら再度馬に跨った。


「拙者も同じ気持ちでしたが、ご厚意で返書の中身を見させていただきましたから確かです。

 それに帝国からも助力するとの親書が届いています」


「帝国だぁ?」


 身をただし続きを話し始めたジョナサンの、「帝国」という言葉に伯爵は大いに顔をしかめ、憎たらし気につぶやいた。


「あいつらは信用できん。手を取ったが最後どうなるか分からんぞ?」


「国王様も懸念を示されてしましたが背に腹は代えられないかと……。それに拙者達は悪魔と戦っているのですよ、帝国も次は我が身と思っているはずです」


「フンッ! 奴らがそんなこと思っているはずがない。この機会に攻め込んで来たとしてもワタシは驚かない」


 伯爵はどうやらかなり帝国という国に対し増悪を募らせているようで、ジョナサンも想像以上だったのだろうタジタジになってしまっている。


「どうしてそこまで帝国という国を憎んでいるんだ?」


「……お前はまだ生まれていなかったか、生まれていたか、その位の時期に陛下はいまのご病気を発症された。

 それまでお互いに婚姻を結んだ間柄で良好な関係を結んでいたはずなのだが、突然宣戦布告を叩きつけきたのだ。だが、大規模な戦いになる事は無かった。

 陛下のご病気もその時は症状が軽く、すぐに戦場に立たれた事で帝国も陛下がいまだに健在だと理解したのだろう。

 小競り合いの後にすぐ和平する事になった」


「そうですね。その時の講和会議での奴らのふるまいといったら、いまだに思い出せば怒りが沸いてきます。

 ですが、国王様が健在となれば成果無しに戦いを止める程度の理性は持ち合わせています」


「……だといいがな」


 それからも二人は口を開けば帝国への罵詈雑言が飛び出し、会議の様子はよほどだったのだろうと察せられる。

 帝国と言えば王国西部と南で国境を接しており、確かにいま攻め込まれれば致命傷となりかねない位置にいる。

 伯爵の懸念ももっともだし、ジョナサンの人間が持つ悪魔への共通認識的にも攻めてくるとは思えないというのももっともだ。

 

「あ、そうだ。帝国の話で流れてけど、教国はどこにある国なんだ?」


「あ? ああ教国? 王国東部の更に東にあるぞ」


「魔王と戦っていたっていう?」


「そうです。もともと教国の北から王国東部までにはフィナレ山脈を東から迂回し、教国の防衛線へ攻撃していたのですが……」


「なら、教国としては魔王の討伐が目的で援軍を出しているって感じ?」


「そうだろうな。

 あまり他国に干渉せず、悪魔との戦い事が国策の様な国だ」


(なら俺達はその援軍が来るまで悪魔共を防ぎ続ければいいってわけか)


 どれだけの兵が来るのかは分からなかったが、猊下と呼ばれるほどの人物が来るのだから、まず間違いなく大群ではあるだろう。

 だが、気がかりもある。帝国だ。

 伯爵意見では背後を任せておいていい様な相手ではないが、現実問題として帝国との国境を固めるほどの兵がいない。

 出来る事は、頭の片隅に留めておいていざその時がやってきても驚かないよう心構えをしておく事だろう。


 正直密談していたのは最初だけだったが、俺達男三人のむさくるしい会議は終わり。その日は夕方までには伯爵の居城へ到着する事が出来た。

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