第10話・帳消し

 太陽が森に隠れ、辺りを薄赤く染め上げる夕方。

 追撃に向かわせたブルークライト騎士団が、血にまみれた鎧を誇らしげに家紋の書かれた旗を堂々と棚引かせ戻って来た。

 敵を死傷、負傷合わせて半数もの兵を減らすことができ。追撃部隊の報告によれば逃げ切った兵も四方八方に逃げ去ったため、実質的に敵軍は消滅した事になる。


 北の脅威は想像よりも容易く排除する事に成功した。

 したのだが。

 明らかにおかしな点があった。


「ケント殿……」


 夜間の移動は危険を伴うため、一晩野営を行ってから村に戻ろうとセドリックに指示を出し終えたところに。

 俯きがちなディアナが一人でやってきた。


「どうしましたか?」


「…………申し訳ありませんでした」


 顔をしかめ自罰的な声音で深く頭を下げた。


「わたしは。わたしは……あまりにも未熟者でした。

 貴方の事など一つも理解できずに信頼さえもしていなかった」


 責任感というか、ディアナはやはり潔癖なところがあるのだろう。


「はっはっは! 気にしていませんよ。あの時の反応は妥当なものです。実績も無い若い司令官が大口をたたけば諫めるが当然。

 それにあなたはアリシアを守るという使命があるのでしょう? それならなおさらです。あなたは優先すべきものを間違えていなかっただけの事」


「しかしッ! わたしは言われた通りに攻撃を開始するのを戸惑った! そのせいで援軍に遅れ要らぬ損害を出してしまった。

 騎士として余りにも……情けない……」


(……想像以上だな。これはいくら言葉を重ねようと意味なさそうだ)


 俯き、手入れが行き届いた絹のような金髪に隠れその表情を見る事は出来なかったが。

 肩を震わせて漏れ聞こえる嗚咽で泣いているのだとわかった。


「……俺は今疑問に思っている事があるのです。それに知恵をお貸しいただけませんか?」


「わ、私で――」


「――敵兵はかなりの手練れ、それこそ精鋭と言って差支えのない軍勢でしたよね?」


 こういう時は強引に話を続けるに限る。返事を遮ってしまったが、「自分ではお力に慣れません」などの遠慮まじりの自己否定で返事されるに決まっている。


「そ……うですね。ちゅ、中央で戦った時よりも。そ、装備、練度、士気。ど、どれをとっても高かったと思います」


 すこしどもり気味だったがだんだんと涙は引っ込んでいったのだろう。髪の隙間から顔が見えるようになった。


「……それに。想定では最低1万もの軍勢がいるはずでしたが、ふたを開ければ5000それも精鋭のみ」


「追撃に向かったため君は知らないだろうが、敵は材木や釘や縄などの建材を運んでいた」


 戦闘が終わり騎士団に追撃指示を出し向かわせた後、死体の掃除や負傷兵の手当などを行っていた時に。

 敵軍の後方にそのまま置いて行かれた多数の物資が発見された。


「攻城戦。……でも想定していたのでしょうか?」


 王国西部にももちろん城はありその可能性は無くないが。


「いや……それならケント殿は前におっしゃったように、河川で運んだ方が労力も時間も圧倒的に効率的だ。ならなぜ?」


「防衛拠点」


「え?」


 俺は自らの中にある回答を言ってみた。


「……ッ! 今の部隊は陽動! 目的はアクト川で西部の軍を引き付ける事!?」


「そう。その可能性が高いと思っています。ですが、そこまでして西部を引きつける相手の目的が分かりません。

 ――そこで、ディアナさん。あなたに中央であったことを聞きたいのです」


 西部を攻撃目標としていないのなら、必然的に中央や東部に理由があると思った。


「中央での戦いは、王家の血が流れる公爵様が中心となって軍を結成されまして、最初は優勢に防衛できていました。数や地形それに魔法使いも居りましたから、このまま勝てると思っていた時。

 しかし魔王が現れてからは状況が一変しました。

 一瞬にして軍の一角が崩壊し、何が起こったかさえ分かりませんでした。

 そこからはあっという間に崩壊し、私はお嬢様を連れ必死に逃走しました」


 よほどだったのだろう。口をきつく閉じ、顔を歪めるその表所からは悔しさと恐れが混じっていた。

 しかし


「――いや、一つ思い出した事が。味方は散り散りに逃げたわけなのですが。西へ逃げた数より、東へ逃にげた数の方が多かったと思います」


「というと、王都へ多数の兵が逃げ込んだという事ですか。……なら悪魔共は王都に手を焼いていて、そこへの援軍に軍を分け、残りは西部の貴族を釘付けにするための陽動を行おうとした」


 辻妻があう、たぶんこの考えは正解に近いだろうと感じる。

 現状の情報的にもこれ以上の考察は行えそうになかった。


(ただ一つ言えることは敵の作戦は裏目ってしまい、俺達は一つ優位を作ることができたとい――)


「――若様! アルバン様から手紙が届きました!」


 セドリックが紐で巻かれた簡素な手紙を手に走ってきた。


「親父が? どうしてこのタイミングで? まだ戦果報告もしてないぞ?」


 自分の警鐘が激しく鳴っている気がする。

 俺は受け取ってすぐさま紐を解き、巻物状の手紙を開いた。


「グリーンハルト伯爵は軍の招集を完了させており……王国中央へ進軍を開始した!?」


 戦果報告は行っていない。

 という事は、伯爵はいまだ北に敵軍がいるという状況で中央への攻勢に出たという事。

 さらに北の分かれた軍は中央へ向かった可能性が高いとなった今、間違いなく最初の時より多い数の敵軍がいる事になる。

 それにすでに王都が落ちている可能性もある。

 驚くセドリックとディアナをしり目に手紙をバラバラに破った。俺はこの攻勢がまず間違いなく失敗すると思った。

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