第19話・事後処理

 掃討戦は夕方には終わった。

 ザーン川を赤く染め上げられるほどに夥しい数の死体が折り重なっている。

 それらに生き残りがいないか確認するため武器で突き刺していき、手の空いている者は味方の負傷者を運んでいる。

 森へと夕日が沈みゆき戦場跡に黒い影を落とす。

 俺は兜を外し小脇に抱えながらそんな場面を眺めている。そこへ鎧を身に着けたままで、同じように兜だけを外したアリシアが近づいてきた。


「今回も勝てましたわね」


「そうだけれど、正直相手を舐めていた部分があった」


 後悔は確かにあるが、こればっかりは神でもなければどうしようもないものだ。

 フラウロスと言ったあの総司令官が、まさか少数の俺達へ予備を残さないほどの全力攻撃を行ってくるなど読めなかった。

 普通ならばいくらでも不測の事態が発生する戦場に対応できるように予備兵力を作っておくものだ。


 が、戦場というのはそう化かしあいをする場所だ。この場合俺は敗北していてもおかしくなかった。


(まあ、俺には裏技みたいなものがあるけれど……。それも魔王が出てくるまでだ)


 この先王都を攻略している魔王と戦うことが起きるだろう。その時は今回みたいな手は使えない。というよりも相手も使ってくる。


「そうだ。まだお礼を言っていなかった。早めの奇襲本当に助かったよ、あれが無ければ今頃どうなっていたか」


「お礼なんていいですわよ。わたくし達はお互いに支えあっているのですから」


 そう言いアシリアは俺の方へ頭を預けてきた。


「それでもだよ……。でもあのフラウロスという将をとり逃したのはかなり痛手になるかもしれない」


 間違いなく今後の壁として立ちはだかる。それに今回の軍を率いた将軍は誰一人として討ち取れていない。


「……では今後はどうされますの?」


「敵はまず間違いなく再集結するはずだ。総司令官が生き残っているのだからな。だが再度侵攻してくるかは分からない」


「こちらから攻勢などは行わないでしょうか?」


 俺は腕を組み深く唸る。正直言って目の前の川を渡り王都への救援に赴くというのは現実的じゃない。

 オレンジブルとブルークライトの騎士や兵たちは連戦続きになるし、伯爵の兵だってそうだ。

 これ以上の戦いは戦略戦術の面以外にも疲労などの細かな面でも避けるべきだと思った。


「あ、あのー。若様? いまよろしいでしょうか?」


 悩み答えの出ない俺のとこへいつの間にかセドリックがやってきており、俺とアリシアの様子にしり込みしていた。


「おおセドリック! ちゃんと命令を遂行してくれて助かったぞ! やっぱりお前ならやれると思っていたよ」


「は、ハイッ! ありがとうございます! それで……戦果と被害報告なのですが。

 敵軍はおおよそ5000名を打ち取り、部隊長クラスも数名倒しております。そして我が軍の被害なのですが死傷者は400名、負傷者は800名居ります」


「あんなに激戦だったのにそれぐらいの被害だったのか?」


「はい。しかしほとんどがグリーンハルト伯爵様が担当された部隊のものです」


 俺が率いた騎馬部隊からは50名程度の死者が出たのだから、伯爵の戦場がどれだけ激しかったかを物語っている。

 逆に敵はやはり渡河中だったこともありかなりの被害を出していた。


「兵たちの様子はどうだ? かなり疲弊しているだろ?」


「それはもちろん。ですが連勝した事や雪辱を晴らした事で士気はかなり高いです」


 かなり悩む答えだった。この流れを断ち切るのももったいないと思うが、やはり敵軍の情報がかなり少なく王都がどうなっているか分からず決断できずにいた。


「ケント様」


 その時アリシアが俺の名前を呼んだ

 そちらを見れば青く輝く瞳と目が合い、冷水をかけられた如く俺の中に冷静さが戻ってくる気がした。


「どのような采配であろうと、わたくしはどこまでもお付き合いする所存です。今までも間違いを犯したことなどありましたが、最後には困難を突破するお姿を見てきました。

 どうかご自身が納得できる考えをお選びくださいまし」


 そうだ、昔から俺の悩みを解決してくれるのはアシリアかバルドだった。

 俺は静かに微笑んで懐かしさに身を浸す。


(やっぱり情報が無さすぎて今行動を起こすのは危なすぎる)


 結論は出た。


 俺はセドリックへ当初の予定通りに橋の破壊を行う事を、皆に伝えるように頼んだ。


 今はまだ博打を行う時ではない。

 俺は堅実に王国西部を固める事に決めた。

 いまだに集結できずにいる貴族たちを集めれば1万にはなる事が出来るだろう。王都を救援するならそれぐらいは必要だ。


 そしてその準備時間を使い、少しでも悪魔軍の動向を確認する必要がある。

 ほんとうに王都に手こずっているのか。

 今どこにどれだけの軍がいるのか。

 敵の目標は何なのか。

 作戦を考えるのはどれかが分かってからでも遅くない。


 俺はアシリアへまた視線を向ければ彼女は頷き微笑んだ。

 

 その後伯爵からも承諾の言葉が返って来て橋の破壊を継続する事で決定し。そうして今後の方針を定めた俺達はその場に陣幕を張り一日野営をすることにした。

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