第20話・予想外の来訪

 朝露が雫となり木の葉から滴り落ちる。

 戦いの跡をすっかりと洗い流した綺麗な水面のザーン川で俺は顔を洗っていた。

 昨日頑張ってくれた愛馬へ木の桶に水を汲んでやれば勢いよく飲み干す。

 穏やかな時間が過ぎているがこれは今だけなのだと気を引き締め、支度を終わらせ陣幕へと戻る。


 俺と愛馬が踏みしめる堆積した砂利の音が、朝方だろうからかやけにうるさく感じた。

 欠伸をしていた見張りもその音で俺に気づき、急ぎ姿勢を正し敬礼と共に挨拶をしてきたので返事を返す。

 足元が石から土に変わり、俺は愛馬を世話係へ預けていたその時だった。

 息せき切らして走って来たためか兜がズレている兵士が俺に駆け寄って来た。


「ほ、報告します! 対岸に人影を――いえ! へ、兵士らしき人影複数が川に近づいてきています!」


「ッ!! 急いで皆を起こせ!」


 俺は世話係へ預けた手綱をひったくる様に奪い取り急いで騎乗した。


「俺の声が聞こえている者たちは急ぎ川岸へと集結しろ!!」


 朝の空気感を切り裂き、俺は即席で動ける者たちを集結させ万が一に備える号令を出した。

 さっき歩いた道を走り戻り再度砂利に足を踏み入れる。

 俺の後方からは寝起き徹夜問わず兵たちが集まってくる中。そのまま水しぶきを立てながら馬の足首までが水に浸る程度川へ踏み入れ、対岸へ目を凝らす。

 確かに微かながら騎兵部隊らしき姿がぼんやりと見える、がその中には馬車の姿も確認できた。

 そして何よりも、赤く染め上げられた旗を俺は何処かで見た覚えがあるのだが。あまり棚引いておらずよく見えなかった。


「あ、あの旗は!?」


 その声に俺は驚きいつの間にか隣へやって来ていた伯爵が、目を見開いて驚愕していた。


「お、俺も見覚えがある気がするのですが……一体どこの旗でしょうか?」


「馬鹿者が! レッドリンド王家の旗に決まっておろう!」


 興奮しているのか勢いで頭を軽く殴られた。

 だが、俺は一度も王家の旗を見た事が無いはずなのだがこの既視感は一体……。


 そうこうしているうちに、伯爵は一人で川を渡っていき軍勢を迎え入れようと動き出し。兵達も慌てて伯爵の後を追って行った。






 作戦会議で使っている陣幕には俺とアシリアと伯爵が跪き、さきの軍勢を率いていたジョナサン近衛隊長ともう一人。王の一人娘であるルールレット姫様が疲れた表情で背もたれのない木製の椅子に座っている。


「ルールレット姫様お久しゅうございます」


 口火と切ったのは相変わらず伯爵だった。

 かなり王家への忠誠心が高いのだろう、姫様が対岸へ到着された際は兵達に指示を出し、即席の筏を作成させ姫が濡れぬように取り計らっていたほどだ。


「ええ、お久しぶりですアンドルフ伯爵。わらわを追って来ていた軍を撃退した事、誠に感謝しています」


「勿体なきお言葉、悪魔共と戦いは当然の事。それに悪魔を倒した立役者はこやつになります」


 そう言い隣にいる俺を指し示す。


「アルバン・オレンジブルの子。ケント・オレンジブルと申します」


 俺の様な若者がこの場にいる事に怪訝な表情をしていたジョナサン隊長や、俺の戦果を聞いた姫様は驚きの表情をした。


「そなたが……であればそなたにも感謝を。誠に大儀です」


「いえ、俺――」


「――そ、それでですが姫様。どうしてこちらに来られたなどはお聞きしてよろしいでしょうか?」


 伯爵は俺の口をふさぎ、愛想笑いをしながらさっさと本題へと話題を進めた。さすがに俺はまずかったか。


「それについては拙者がお話いたします。

 悪魔軍が王国へ侵攻し、最初の戦いで敗北した拙者たちは王都で籠城戦を行う事になりました。

 士気は低くいつ陥落してもおかしくない状況でしたが病に侵され床に臥せていらっしゃられたガーランド国王様が陣頭に立たれた事で、なんとか持ち直すことが出来ました。

 さらに戦いでもご活躍され、そのおかけで今まで魔王の攻撃を耐える事が出来ていたのですが。

 ついに病が悪化され陣頭に立つことが出来なくなってしまわれました。

 落城は免れないと判断した国王様は、ご息女様であるルールレット姫様を何とか隠し通路からお逃がしになる事を決められ。

 その際に追っ手の軍を差し向けられましたがそれはあなた方によって倒されました」


「なら王都は……陛下はもう……」


「……お隠れになっているかと」


 瞬間地面が揺れた。

 伯爵は固く握った拳を大地に叩きつけ、静かに涙を流していた。


「どうか……どうかッ……! 援軍を……出していただけませんか……」


 祈る様に両手を握り、瞳には涙を湛えた姫様がそう懇願する声で訪ねてきた。が、伯爵や俺にアリシア。それにジョナサンまでもが顔をしかめていた。

 自らの父親が死ぬかどうか。少しでも希望があるのなら縋る、縋ってしまうのが人間というものだ。

 悪魔の軍に追われていたのだから、俺達とどれだけ兵力差があるのかは理解しているだろうし、何ならジョナサンにも同じこと聞いているだろう。


「……ジョナサンさん、王都を攻めている敵軍はどれほどいるのでしょうか?」


「ジョナサンさん? ……ゴホン。予測になりますが、およそ10万かと」


「そうですか。……ルールレット姫様。俺達は今現在5000名しかおらずなおかつ連戦で疲弊しております。その状態で王都を解放する事は不可能です」


 「おまえ」怒りが滲んだような驚きの声を上げる伯爵や、眉をひそめながらも何も言わないジョナサンを無視して、俺は姫の可能性のない希望を断つため厳しい言葉で答えた。


「…………すみません、わかってはいるのですが……先の言葉は忘れてください」


 そう言ったきり姫様は俯いてしまった。

 俺はさすがに言い過ぎたかと思い、ふと皆の方に顔を向けて見れば。

 怒りの形相でこちらを見ている伯爵と呆れた視線を向けるアリシアの姿があった。

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