第6話・決行日

 チリチリとする麻袋に手を突っ込み、解してあるパンを掴み窓から地面に撒いた。

 地面を転がるパンに虫たちが寄り付こうとするが、それよりも早く青い小鳥達が食べつくした。

 休まず撒き続け朝のルーティンを終える頃にはいつも朝食の時間になる。

 しかし今日は違う。


 空になった麻袋をしまってから剣を手に取り部屋の扉を開く。

 朝日の当たらない廊下はまだ涼しげで、使用人が掃除をするために開けた窓から微かに風が吹いていた。

 少し色あせたカーペットを歩き、父の書斎の前を通り過ぎ。目の前の階段を降りエントランスの扉を開き外に出た。


「かぁー快晴快晴! 天気がいいにこしたことはないな」


 息を吐きながら大きく背伸びをする。

 今日雨が降っていたら行軍が間に合うか分からなかったため幸先がいい。

 だからこの流れを断ち切らないためにもさっさと用事を済ませようと思った。

 

 館を右伝いに歩いて行き兵舎を通り過ぎ、隣の地下牢への扉がある小屋に入った。

 そのまま石造りの階段を下りていき虫やトカゲの這う道を進み、目的の一番奥の牢の前に到着する。

 

「……」


「わりぃな。こんな場所しかなくて、これでもうちでは比較的新しい建物だから」


 そばにあった蝋燭に火をつける

 昨日捕まえた山賊の頭だった男は、昨日のままの服装で胡坐をかいてこちらを睨んできた。


「昨日の夜はうるさかっただろ、ここらは田舎だからな虫が多いんだ。……お前にはとっては聞きなじんだ子守歌と同じかな?」


「ゴチャゴチャうるせぇ……。一体オレに何の用だ……」


「――俺の部下になれ」


 ガシャンッ!! という大きな音を立て頭は檻に掴み掛った。


「ふざけるなよ……、誰がお前ら貴族に何て協力するかッ!」


「このままじゃ処刑されるぞ?」


「やってみやがれ!」


 まあ、分かり切っていた結果だった。

 顔を赤くして気炎を上げるその様は、いくら説得したって無駄だろうと思わせた。

 だから剣を抜いた。

 刀身は近くの蝋燭の光を反射し赤く輝いている。


「なら今すぐやってやるよ。

どうだ? 何もなせずに死んでしまう気分は?」


「……だまれ」


「お前が死んだ後に子分共も送ってやる。

これも自分の意志でお前について行った結果だ。

後悔する事もないだろ」


「ッ!? な、なんであいつらも、俺が指示してやった事だ!」


「お前らが襲う奴らの事を考慮しないように、俺もそんな事知ったこっちゃない」


「テ――」


 甲高い金切り音を立て、俺の振り下ろした剣は鉄格子を切り裂いた。

 いきなりの事で頭は尻もちをつき、目を見開いで驚愕の表情をした。


「いつまでもお前っていうのはあれだから名前を教えてくれよ」


「な、名前? ダ、ダリアン……だ」


「ちんけな貴族に何て囚われず俺と来いダミアン。

お前の子分含め全て面倒を見てやる。」


「ど、どうしてオレが昨日会った、しかも敵の言葉を信用でき――おわッ!?」


 さっき振るった剣をダミアンに投げ渡す


「いや、信用されるなんておもっちゃいない。だがお前、子分が大事なんだろ? なら選択肢は一つしかない」


「そ、それはそうだが」


 俺は牢の中へ足を踏み入れ、尻もちをついているダミアンの目線に合わせる様にしゃがみこんだ。


「それに、お前の腕高く買ってんだ。あの時近づいた俺に素早く反撃しようとするなんてセンスあるよ」


「はぁ」


「何度だっていう、俺と来いダミアン。俺はそこらの貴族とは違う。戦いで功績を上げたのなら必ず報酬をやる」


「何をくれるってんだよ」


「――土地を。貴族にしてやる」


 立ち上がりダミアンに手を差し伸べる。


「貴族ってのは何ら特別なもんじゃない。お前等らでもなれる程度の物だって証明してやろうぜ?」


 口を開き目を見開くダミアン、しばらくして小さく笑った後に俺の手を取って立ち上がった。


「……今は口車に乗ってやる」


「お前みたいなやつは何度か仲間にしたことがある。期待してくれ後悔はさせない」


 鉄格子を斬ったのはやりすぎたかな、と思いながらダミアンを連れ地下牢を出る。

 しばらく暗い所にいたため日差しに目をくらませる。


「早速だがダミアン、あと1時間もしたら出陣だから」


「え、は? はぁ? 出陣ってお前」


「館を出てから左に言った広場にお前の子分が拘束されてる。

話は通ってるから、事情を話して連れてきてくれ」


 「じゃ、まかせた」と言い残し困惑しているダミアンを置いて俺は兵舎の裏へと向かった。


 敷地の中ではかなり雑草の背が高く手入れがあまりされていない印象があり、二本の木が生えている所に向かえば。

 そこには朝早くにもかかわらず、切り株に座り読書をしているセドリックの姿があった。


「あ、若様おはようございます。今日はお早いですね」


「おはようセドリック。相変わらずだな、これから戦いだってのに」


 我が家の兵士長となったセドリックは、父から図書室の本を読むことを許可されてからというもの本の虫になってしまった。


「戦いだからですよ。しばらく読めなくなってしまうので、切りのいいところまで急いで読んでいるんです」


「そうかぁー、もう読み終わりそうなのか?」


「? いえ、しかし出陣までには読み終わるので」


 大体いつもこういう時のセドリックは間が悪いというか運が無いというか。


「悪い」


「な、なんですか」


「早めに出陣するから兵たちを集めてくれないか?」


「え!?」


 昨日も一度地図を見返しあることに気がついた俺は、早めに戦場に向かい確認したい事が出来てしまった。


「俺はこの後ブルークライト騎士団の方にも伝えに行くから」


 「館前に集まっておいてくれ」とそう言い残し去って行く俺の背中でセドリックの情けない声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る