第7話・チャンス
村の北側に広がるアーゼンの森に沿って、かなり昔に作られたであろう土がかぶり薄くしか見えない石の街道が続いており。
道の両脇には所々に朽ちている柵が建てられている所もあり、午前の陽の光が合わさりとても牧歌的だった。
隊列の前から兵士、山賊、村民、騎士と並び、俺はその先頭に立って偵察の兵に指示を出して、一枚だけ持って来ていた硬貨を指ではじき遊んでいた。
「あのー若様? いつ言おうか迷っていたのですが……どうしてコインをお持ちになっているのですか?」
「まあ、癖……といえば癖なんだけど。お守りだな」
「お守りねぇ、ずいぶん女々しいじゃないの?」
セドリックの質問だったはずなのに、訳も分からず戦場へと向かうことに不満を積もらせていたダミアンがさらに疑問を重ねてきた。
「否定はしないよ。戦いではどうしたって運で負ける事もあるから。運が良くなりますようにって願いも込めている」」
「だからいつも持っていたの……」
前世では恥ずかしくて言っていなかったためアリシアですら初耳だった。しかしどうやら一人だけ、この願掛けが気に食わない人物がいるようだ。
「ケント殿。あなたはいつもそのような後ろ向きなお気持ちで戦いに臨まれているのですか?」
「まあ、そうだね」
そう言うと、ディアナは大股で俺に近づきほほに一発ビンタしてきた。
「貴方は自らを恥じるべきだ! 信じて付いてきてくれている兵たちの事を何だと思っている!」
俺は叩かれた部分を擦りながらも笑みを崩さなかった。
ディアナの言っている事は最もだろう。
規律や規範を守り厳格で、兵から尊敬される威厳があり、いざという時に大樹のようにゆるぎない信念を持った指揮官。皆が夢見る理想、だが理想はやはり理想でしかない。
「今の俺は君の事を説得する事は不可能だろう。だけどこれだけは伝えておくよ」
多分俺は笑みを深めただろう。目の前のディアナは気圧され少し後ずさりしている。
「兵たちにとって一番良い指揮官とは。勝てる指揮官の事を言うのさ。
軍ってのは戦いに勝って初めて指揮官の言うことを信頼できるようになる、そうしてからじゃなければそれは指揮官わがままにすぎない。いくら言ったって甘ったれた理想論さ。
力なき正義。
俺はそれを嫌というほど知っている。
俺は自分についてきてくれた兵を絶対に敗北させない。
それだけが……それだけが俺の信念だから。
「ディアナ、ダミアン、セドリック。
こんな情けない俺だけれど、ただ一つだけは断言しておくよ。
俺の指示に従ってくれれば絶対の勝利を約束する」
皆が押し黙ってしまう中でただ一人だけ俺に鋭い視線を飛ばす男がいる。
(やっぱり俺の観察眼も捨てたもんじゃないな)
「ならよ、そろそろ作戦ってやつを教えてくれでもいいじゃないか?」
「そ、そ、そうですよ若様。ぼ、僕も作戦内容を知りたいです」
俺は親父の書斎にあった地図を額から取り出して持って来ており。それをセドリックへ投げ渡した。
セドリックは慌ててキャッチして広げた地図をダミアンが覗き見ていた。
「ディアナとアリシアには少し説明したが、俺達が向かっている目的地は崖と川に挟まれた隘路になっている」
女性陣は頷き、男性陣は地図を指でなぞり目的地を見つけた様だ。
「作戦は主に三種類ある。
第一に、崖を崩壊させ道をふさぐことで相手の足止めを行う事。そうすれば伯爵の軍と合流し各個撃破する事が出来るかもしれない。
しかしこの作戦はどれだけ足止めできるかが不透明だ」
「ならどうしてわたし達だけで先行して? ほとんど無意味ではありませんか?」
俺はそこに指を二本立てた。
「本命は他の二つにある。
第二に、崖の崩落で足止めしている間に敵の後方にある補給隊を叩くというもの。
うまくいけば敵は補給不安で撤退する可能性すらある」
「それが本命ですわね」
「いや、自ら否定する事になるが。この作戦は上手くいってもそんなに効果はない」
「ど、どうしてですか若様?」
俺は二人に渡した地図の中央を見るように言う。
「見てわかると思うが。我が王国西部と中央にはザーン川という大きな川が分断している。この川なら軍勢を賄うほどの補給船を出すことが可能だ。
川と道の間には森があるため補給はしづらいだろうがそれほど問題にもならない。
この補給船を叩くことで第二の作戦はやっと効果を発揮するといえるが。
残念ながら我が家には作戦を行えるほどの船は無い。あっても漁用の小舟ぐらいだ」
「ならよぉ第三の作戦ってのが本命ってことだろ? 勿体ぶらずに最初に話せばいいだろ」
ダミアンは俺に笑いかけながら話す様に促したが。
「いや、それもまた違う」
「え? は?」
「第三の作戦は一番運の要素が強い。敵軍勢が隘路を通行中に崖を崩落させ、混乱している所を奇襲するという作戦
よほど運が良くなければ成功どころか行うことさえできない」
「じゃ、じゃあどうすんだよ! 本当に無策でここまで来たのか!? 無駄足じゃねぇか!?」
太陽は頂点に達しようかという時、目的地の隘路が見えてきた。
俺は手に持っているコインを大きく弾き、手の甲と手のひらで落ちてきたところを挟んだ。
(表)
――その時、慌てた様子で偵察に出した騎兵が走ってきた。
こういう時はとても酷い内容かとても良い内容の二極だ。
「ほ、報告します!? 敵軍総勢5000がもうしばらくでこの場に到着します!?」
「5,5000!? オレらの五倍じゃねぇか」
「わ、若様。さ、さっさと崖だけでも崩落させて、すぐに逃げましょう!?」
手の中のコインを見てみる。
表だ。
「5000って。み、見間違いでは無いのか?」
「はッ! ご、誤差はあると思いますが。間違いありません」
偵察に出した兵はうちの者ではなく、ブルークライト騎士団の者だったためディアナも報告を信じるしかなった。
「それに想定よりずっと早いではないか!? いくら少なくなったとはいえ5000もの軍がこれほど早いなんて……。」
「敵さんはよほど急がなきゃいけない理由があるって事だ」
それが焦りによるものだろうと、作戦なのだろうと関係ない。
これは紛れもないチャンスだった。
自らの口角があがるのが分かる。
俺は顔の分からない当てとのテーブルに座り、手に持ったコインをかけた。
ここが勝負どころだ。
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