第12話・前哨戦

 俺はダミアン達の討伐時に乗った馬に跨り伯爵の隣を行軍していた。

 今や歩兵3000騎兵1500弓兵500の計5000もの軍を率いる事になり、ザーン川中流域に向かい進軍している。


「経験がだいぶ含まれるが、中央で戦った時敵軍は騎兵歩兵合わせ5万しか行かなかった。教国にも兵を張り付かせているのだろうが少ないと感じた。王都の包囲はいまだ行われており、そこに兵をとられているのだろう」


「なら追撃に来ているのなら2万程度か」


 自軍の5倍。奇襲に適した地形もなく、真っ向から防衛しなければいけない。


「どうする司令官様よ?」


 伯爵は笑みを浮かべながらそう俺に問いかけてきた。早速お手並み拝見というわけか。


「……敵が来ているのかも分からない今、とりあえずは正攻法しかない。このまま中流の橋を落として堅実に行こう」


 現状、圧倒的に情報量が無かった。2万というのも推測でしかない。

 もしこの数より少なければ出来る作戦や、多かった時にやるべき作戦など。やろうと思えばできる事はあるのだが、リスクとリターンが見合ってない。

 だから俺は川沿いに続く南への道を進みながら、残っている中流の橋を壊す敵軍がどうであろうと問題なく効果を発揮するこの作戦を行う。

 

 スピードを重視して発見した橋に少数の部隊を残し破壊させ、残りの本隊はどんどん先へと進み新たな橋へと向かう。

 歩兵が切り倒した丸太や徴集した金槌や斧を振るい石、木製問わず順調に橋を破壊し太陽が頂点を過ぎた頃、俺達は移動しながら保存食で簡素な昼食をとっていた。


「とりあえず、このままいけば今日中にはあらかた橋を壊しきれるな」


 ぼそぼそでカッチカチのパンを水で流し込みなら、俺は作戦が順調に進んでいる事を喜んだ。

 だが、そういう時に限って思ってもいなかった所からアクシデントというものはやってくる。


「伝令! 伝令! 我が軍後方にいまだ残っている小さな橋を発見! さらに対岸には敵の偵察兵を目視しました!」


「ッチ! 見落としたか!? 急いで引き返すぞ敵もすぐにやってくる!」


 手綱を引っ張った事で驚いた馬を何とか落ち着かせ後ろへと振り返させる。


「グリーンハルト伯爵! 歩兵隊の統率を任せる!」


「お前はどうする?」


 いまだに不敵な笑みを崩さず、焦りをいっさい見せない伯爵に俺は安心感を覚えた。


「先行して敵先方を抑える! 騎兵隊を借りるぞ! ディアナ! 君も騎士団を率いてきてくれ!」


 返事を待たずに俺は後方へと勢いよく馬を走らせる。だがさすがは騎士たち、素早く命令に反応し素早く追従してきた。

 俺は来た道を戻りながら、橋の破壊を任せた部隊にその場で待機し伯爵の軍に合流するように命令を出す。


「ケント殿! 我々だけでいったいどうするのです!」


 馬を走らせながら器用に隣に寄って来てディアナ。

 若いのにその卓越した騎乗技術に俺は素直に感心した。


「俺達は橋を渡られれば勝ち目が減る! 敵軍にも騎兵がいるのだから奴らより早く橋を確保しなければいけない!」


 この場合最悪なのはすでに橋を渡られている事だがこれは考えても仕方がない、どうしようもないためだ。

 なら次に悪い事は、敵の先行部隊が本体のために橋を確保されることだ。

 軍というのは急速に方向転換する事は出来ない、なぜなら兵が混乱するためだ。

 そのため今の自軍ではどんなに急いだって、万全の状況で敵軍を待ち受ける事は不可能になってしまった。

 だから渡河という防衛に有利な状況だけは失うわけにはいかない。


 歩兵と違って騎兵が全力を出せばもう目的地が見えてきた。

 そして最悪では無かったが、予想通りに敵騎兵隊が橋へ向かっているのが見えた。


「奴らを渡らせるなこのまま橋を確保しろ!」


 怒号を上げ騎士たちに命令する。

 敵騎兵隊は俺達よりも多かった、だから橋という狭い空間で対処する必要がある。

 土煙を立てながら速度を落とさずに一直線で向かう。

 敵兵もこちらに気づいたのか速度を上げ橋へ向かい始めた。


 ――が一歩遅かった。

 橋へ滑り込んだ俺達はそのまま突っ込んでくる敵と正面から激突した。


「押し返せ! 絶対に死守しろ!」


 両騎兵の勢いはすさまじく、衝突の勢いで宙を舞う者もあらわれる。

 俺はダンタリオンから奪った黒剣を背中から引き抜き、うまく攻撃を躱しながら敵兵を斬っていく。


「もうお前たちの好きにはさせん!」


 そういいディアナが敵陣に切り込み味方の士気が上がる。どうやら敵に有力な将がおらず簡単に押し込むことができた。

 だが敵は数という武器をいかし粘り強く攻撃を続けてきて、戦いの決着が着かず長期化した。

 人間と馬と悪魔と魔獣が入り混じる。


「おまえら! 敵の数を見て見ろ! おれらより圧倒的に少ねぇだろうが! 恥ずかしくねぇのかプライドはねぇのかよ! さっさと蹂躙しろ!」


 敵軍の後方よりひと際大きく赤い魔獣に乗った敵将と思わしき赤髪の若い男が現れ、敵軍の士気が目に見えて上がるのが分かり、俺はすぐさま馬を走らせ切りかかった。


「うお! なんて力!」

 敵は驚きながらも槍で攻撃を受け流し、お返しとばかりと振るわれた横薙ぎを片手で掴む。


「てめぇ! ふざけやがって。――な、なんて力してやがる!」


 敵は両手で槍を引き抜こうとするがびくともせず、黒剣で槍を破壊してやろうとしたが。しかし他の敵兵から攻撃をされ一旦離れるしかなかった。


「遅れて到着しといてこの程度か。そこらの雑兵と変わらないぞ?」


「殺す! ぶっ殺す!」


 ちょっと挑発してみれば面白いほどに激昂した敵将は、俺に向かって連続して突きをはなってくるがあっさりと避け剣の間合いへ入り込んだ。

 と思ったその時。


「てめぇら人間に武器何ていらねぇんだよ!」


 なんと槍を捨て俺に向かい飛びかかってきた。予想外の行動と馬上という事もありもみくちゃになり二人して橋の上を転がる。


「ケント殿!」


「「司令官!」」


「「アクバ様!」」


 両軍より悲鳴があがる。


「無茶苦茶すぎ……だッ!!」


 戦場においてほんのわずかに訪れた静寂後、俺に馬乗りになった敵将を天高く蹴り飛ばした。


「「あ。アクバ様が……」」


 空へと消えた自軍の将に唖然とした敵兵たちは俺に驚愕の表情を向けた後、我先にと逃げて行った。


 俺は橋の上に座り、仲間達に心配しないよう声かけながら。釈然としないままに敵との前哨戦に勝利した。

 だがいまだ敵も味方も本陣が到着しておらず、この戦いの本番はいまだ始まっていないのである。

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