第2話・いつもやったこと

 無造作にドアノブを掴み右に捻って扉を開く。


「来たぞ親父」


 部屋の中は綺麗に整頓されており、使用人の少ない我が家では父自身が掃除しているためその几帳面さがうかがえる。

 部屋の脇、本棚の前には先に行った兄マックが立っており。

 目の前の茶色の木で作られた高級感のあるデスクには、髭をカイゼル髭にした父アルバンが座っていた。


「ケント、いつも言っておるが親父はやめ――」


「気にすんなよ父上、それよりさっさと本題に入ろう」


 言葉をかぶされた父はため息をついて最近減ってきたと言う髪を撫でた。


「……はぁ……最近の事であるが。どうやらエルナト山に賊が住み着き、街道や村を荒らしている様なのである」


(エルナト山と言うと王国中央につづく街道の……、少し遠くないか?)


「あまり関係ないなぁ……とそう思っただろ? だが我が家の村の付近でそれらしき賊が目撃されたんだ」


 大体山賊になるやつらは食い詰めた村民がほとんどで、捕まらないように場所を変えるとかいうことは考えられない連中だ。

 つまり、場所を変えたというのは何らかの外的要因が起きた事を意味する。


「……賊なんかよりめんどくさい事が起きてそうだな」


「まあ、実際その通りである。だが現状、吾輩達は知る由もないのである。……という事でいつも通りお前には賊の討伐をしてほしいのである」


 俺は早めに賊の討伐で初陣をはたしており、それ以降も何度かやったし前世でも嫌というほど経験した事だからお手の物ではあるのだが。


「やれって言われたら、きっかり討伐してくるが……ちょっと遠いんだよなぁ」


 王国中央に続く街道は歩いて3日ほどの長さであり、エルナト山はちょうど半分ぐらいに位置するため、一日がかりになりそうな討伐にすこし嫌な思いをしていた。


「もちろん馬に乗って行っていい、というか今回はちゃんと兵士を連れていくのである」


「えぇー、山賊程度要らないって」


「お前の実力が高いのは十分承知しているのである。

しかし、もしもがあるのである、万が一があるのである、不運が起きるかもしれないのである!」


 椅子から立ち上がり鼻息荒く、唾を飛ばす勢いで怒鳴りながら近寄ってきた父を両手で押しとどめる。


「わかったって! いつも通りセドリックを連れて行くよ」


「どうして!? お前はこれだけ言っていつも一人しか連れていかんのである!」


 ますます怒り出した父に後ろの扉まで追い詰められた。


「山賊なんて烏合の衆だから少数だって問題ないし、何なら俺一人でも壊滅させられる。

 それに人数が増えると逃げられる可能性があるんだって!」


 山賊なんてせいぜいが50人程度、それ以上の人数は自然と分裂する。

 百人も兵士を連れて行けば戦い前に見つかって逃げられる危険性がでてくるため、いつも俺とセドリックだけで討伐をしていた。

 父は俺の事が心配らしくその気持ちはありがたかく嬉しいのだが、こういう時に限っては少し煩わしく思ってしまう。


「いくら言ったって無駄だよ父上。ケントが忠告を聞いた事なんて、指で数える程度しかないだろ?

 いつも問題なかったんだか今回も大丈夫だろ」


「むぅ…………だが、馬は十頭いるから最低でもお前を含め十人で討伐にむかうのである。今回は譲れないのである。

……あまり吾輩を心配させないでほしいのである」


「…………迷惑をかけてるいは分かっているが本当に少数の方がいいんだけど……。それで親父が安心するなら……」


 俺には前世の経験があるし、何より特殊な力があって人間離れした身体能力をもっているため、いくら雑魚が集まった所で問題にならない。

 だがさすがにいつも忠告を振り切って討伐をしに行き心配をかけているのは分かっている為、今回は言う事を聞くことにした。


(そうなると後8人必要か)


「じゃ、さっそく討伐に向かうよ」


「ちゃんとつれていくのだぞ」


「大丈夫だって」


 そう言ってそそくさと書斎から退出し屋敷の階段を下りて外に出た。

太陽はまだ頂点に達しておらず降り注ぐ光に目を軽くくらませる。

 庭の右端には兵舎が建てられており大体百人程度が常駐していて、日々訓練や見回りなどを行っている。

 セドリックは若くしてうちの兵士達の隊長に就任している兵士長だ。

 今日は数少ない兵士たちの休日な事もあり兵舎にいるだろうと近づくと、中から活気のある声が聞こえてきた。

 木で作られた簡素な扉を開けば、部屋の中ではカード遊びをしている兵士らの姿があり。

 幸いなことにまだ酒は入っていなさそうだったため、プレイヤーになっているセドリックを見つけ声をかけた。


「調子はどうだセドリック」


「あ、これは若様。見てくださいこれ!」


 そう言うと腰に巻いていたパンパンに膨れた財布を見せてきた


「勝ってるねぇー爆勝ちだねぇー」


「今日の僕は運がいいみたいなんです!」


「…………すまんセドリック!」


 突然謝った俺にセドリックは戦利品を掲げたまま困惑の表情を浮かべた後に、顔を青ざめさせパンパンの財布を落としながら机の下に潜り込んだ。


「……若様、もしかして……」


「山! 賊! 退治ッ!」


「イヤァーー!!」


「休みの日に悪いと思っているけど、そう言うなって。――今回は後8人連れていくから」


 いつもセドリックだけを伴って討伐に向かっているから、今日も一人だけ休み返上で大変な俺のお付きをすることになるのだろうと。

 不幸なセドリックを笑っていた兵士たちが最後の一言に凍りつき。

 さっきまではあんなにうるさかった、賭博場と化している兵舎に沈黙が広がった。

 そんな固まった兵士たちをかき分け俺はさっさと兵舎の入り口から外に出た。


「厩舎の所に集合な、連れていくやつはお前の方で選んでおいてくれ」


 そう言い残し兵舎の扉を閉めた瞬間、セドリックの怒号と男たちの悲鳴が地獄のハーモニーを奏でた。

 しばらく聞き耳を立てたのち俺は自室へと戻り準備に取り掛かった。

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