「二度目の人生もまた覇王」異世界に来た俺は魔王を討伐し覇王と呼ばれ亡くなった。そしたら二度目の人生が始まったので今度は平和に暮らします。魔王が復活してる?仕方ないので前世の妻と共にもう一度討伐します。

戦亀

第1話・そしてまた

 普通の人生を生きていてまず聞くことのない言葉。覇王。

 まさか俺がそう呼ばれる事になるなど夢にも思わなかった。

 

 ベッドの上で夢うつつになりながらそんなことを考え小鳥のさえずりで目を覚ます。

 部屋の中は満ち満ちた朝日で明るく照らされ一人のよぼよぼの執事、バルドが調度品の掃除をしていた。


「バルド……」


 張り付いた喉を無理やり開きかすれた声で話しかければ、すぐさま掃除を止め傍へと近づいてきた。


「陛下、ケント陛下……おはようございます、今日も清々しい朝ですよ」


 そう言いバルドの目線の先を見れば窓に青色の小鳥が数羽留まっており、その姿は部屋の様子を伺っているかのように見えた。


(エサをやれなくなってごめんな)


 この世界に転移しもう70年が経ち、自分はベッドから起きられないほどの爺になった。

 悪魔に支配され恐怖におびえる人々を解放し、魔王との戦いに費やした人生は決して自分の望むものではなかったが。

 それでも国を建国し人々にたたえられ皆の笑顔を取り戻せたことは、どんな金銀財宝よりも優る人生の宝になった。

 そんなことを考えながら一段と苦しく呼吸を繰り返す。


(年を取るとよく昔に思いをはせると言うが……)


「失礼いたします陛下。少し、お体に触りますよ」


 バルドは枯れ木の様な俺の体を支えながら起こし、濡れタオルで体を拭いてくれる。

 朝の少し冷えた空気が体の濡れた部分に触れ清々しく気持ちよかった。


「……いつも、すまん……な。…………苦労を……かける」


「…………いえ私が自ら買って出た事です、お気になさらないでください。それとも若いメイドの方がよろしかったですかな?」


 二人して静かに笑った。

 軽口を言い合える者たちも残すところ目の前のバルトだけになってしまった。


「心残り……だ……。お前を……一人、残してしまう……のは…………」


 一段と酷い呼吸、だんだんと体が重くなっていき眠気の様もの身を任せたくなる感覚。

 今日が最後の時なのだろうと確信し、何とかうまく動かない口で言葉をつづける。


「…………あの、時。……お前と出会えて、よかった……」


「……」


 この世界にやってきて当初、右も左もわからなかった俺を助けてくれたのはバルドだった。

 悪魔と戦うことを決めた時も真っ先に協力してくれ、戦場ではまさに右腕だと言えるほど助かる存在だった。


(俺がここまでやってこられたのも皆の存在があったから。)


「ほんとうに…………ありがとう……!」


「……ケント陛下…………」


 俺の言動にバルドは気づいてしまった様で沈んだ表情をしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「悪魔に怯え何者にもなれなかった私をここまで導いてくださったのは陛下です。

暗黒に支配されただ死にゆくはずだった人類を、光となり照らされたお姿はまさに夢を見ているようでした。

 ……いえ、今でも私は夢の中にいる様な心地です。…………当たり前ですが、やはり夢はいつか覚めてしまうものですね」


 だんだんと涙声になりバルドは後ろを向き、腰が曲がり一段と小さくなった背中は微かに震えていた。

「今まで本当にお疲れさまでした。私たちを救ってくださったことはいつまでも語り継いでいきます。

 もし……もう一度夢の続きがあるような事がありましたら、その時はこのアルビーリッヒ・バルドもう一度お仕えしたく思います……!」


「…………俺は、いつだって……待っているぞ……」


 最後の会話と思うと自然と涙が溢れ、こらえる力もないため頬をゆっくり流れ落ちていく。

 バルドは涙をぬぐい、俺に気を遣ってかいつも通りに部屋の掃除へと戻った。

 俺は重くなっていく瞼に活を入れ、壁に大きく飾られている絵画を見る。

 もともと視力も落ちておりなおかつ涙で何も見えていなかったが、それでもはっきりとお淑やかに椅子に座るアリシアの絵が見えた。


 その性格を表した燃える様な鮮やかな赤髪を腰まで伸ばし、深い水面を思わせる青く強い瞳。

 武術を習いながらもそうは思わせないすらっとした体は、本人は気にしていた様だけど俺は好きだった。


(政略結婚だったが。君と出会えたことは、俺にとって人生で一番の幸運だった……)


 物怖じせず豪胆な性格で俺の背中を後押しし、戦場でも一度だって怯えた事は無かった。

 それなのに聡明で政務などでも俺のフォローをしてくれた。

公私ともにいくら世話になったか分からない。


(もう一度、皆と会えるだろうか。転移があるのだから、きっと……)


 焼き付けるように開いていた瞼もついにだんだんと閉じていき、水の中に沈んでいくかのような浮遊感と共に意識が遠のいた。










「おいケント! こんなところにいたのか! 父上が呼んでいるぞ!!」


 怒鳴り呼びかける声に木の上で寝ていた俺は目を覚ました。

 そちらに視線を向ければ屋敷の窓に兄であるマック(本名マクドナル)がいた。


「ふあぁぁ……。分かったから先に行ってて」


 欠伸まじりにそう返事をするとマックは「書斎に来いよ」と言い歩いて行った。


(久しぶりに見たな……)


 俺は寿命で亡くなったと思ったら、次の瞬間には赤ん坊として生まれ直して驚いたのを覚えている。

 転移と転生の両方を経験するなんて何だが得した気分だった。

 地方貴族なんておこがましくて名乗れないほどの、小さな田舎の男爵家の次男に生まれて。

 前世の経験と知識があるためそこらの家庭教師など必要なく、武術だって誰にもかなわないため全部免除され。

 最近では農民たちに混じって農作業したり、同じくらいの子供たちと遊び惚けるなど自由気ままに生活を楽しんでいる。


 戦いばかりだった前世に不満は無かったけれど、今世では平和に暮らそうとそう思っていた。


(親父が俺を呼ぶって事は……)


 家の二階ほどもある木から危なげもなく飛びおり。昼寝で固まった体を伸ばしながら屋敷の中へと戻り。

 屋敷にある階段を登り父親の書斎へと向かった。

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