第4話・突然の逆境と出会い
日が傾き始めた頃に帰ってきた俺は急いで厩舎へ馬を入れ、後を世話係に任せ屋敷へと走った。
庭には見知らぬ騎士たち青い旗を掲げ待機しており、兵舎の扉から兵士たちが心配そうに顔をのぞかせていた。
それらを一旦無視し動物をかたどった屋敷のノブを乱暴に握り勢いよく扉を開いた。
「ケント!」
エントランスには母エバンスが不安な表情で立っていて、俺を見るなり小走りで近づいてくる。
「アルバンがあなたが帰ってきたら書斎に来るよう伝えてほしいって。……一体何が起こっているの?」
「いや、まだ俺も詳しくは分かってないんです」
俺は心配させないように何も伝えなかった。
このまま母を一人にするのも気が引けたが、そんなことを言っていられる状況では無いため、感謝を伝えた後にすぐさま今日二度目の階段を駆け上り父の書斎へ飛び込んだ。
「親父! おわっ!」
「「ケント!」」
部屋に入った瞬間に顔面を蒼白にした父と兄が縋りつくように俺の服を掴んできた。
「もうだめである! 吾輩達は終わりである!!」
「中央が敗れたとなれば東部の王都との連絡も取れなくて、オレ達だけで悪魔と戦うなんて無理だ!」
「あああぁぁ!! 鬱陶しいよ二人とも!!」
何とか落ち着かせ引き剥がそうとするが謎に力が強く服が破けそうだったため諦め、改めてまだ気配のする部屋の中を見渡し、二人の人物がいる事に気がついた。
一人はフードで姿が隠れているが見えている服装や手足から女性と思われる人物と。もう一人はお付きの騎士なのだろう、立派な鎧に身を包んだ抜き身の剣の様な雰囲気を纏う女性がいた。
「御二方、挨拶が遅れ申し訳ありません。アルバン・オレンジブル男爵の二番目の子ケント・オレンジブルと申します」
「ほう、覇王様と同じ名前、というとあなたが……勇名はかねがね聞いております。わたしはブルークライト騎士団の団長ディアナと申します」
俺はディアナと簡単に握手をしまだ名乗っていないフードの女性に目を向ければ、何やら口を開き。驚愕しているかのような雰囲気が感じ取れた。
「こ、こちらは! マービン・ブルークライト伯爵様のご息女のアリシア・ブルークライト様であらせられる!」
慌てたように代わりに紹介したディアナの口から出てきた言葉に心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃を受けた。
(ま、まさかな……)
「挨拶などしておる場合でないのである! 吾輩達はこれからどうすればいいのであるか!?」
「戦うたっておれ達の兵は村民を徴集したって300しかいないんだぞ……」
「い、いつまでそんな情けない姿をしているん――ッだ!!」
いまだ縋りついていた父を書斎の椅子に放り投げ、兄も引き剥がした。
「と、とりあえず状況を教えてくれ、まだ中央が負けた事しか知らない」
「……頼った所を間違えたか…………。ゴホン、それは私からもう一度説明いたします」
話によれば一週間前に悪魔の攻勢に気づいた中央と王都は、あわてて兵をかき集め何とか迎撃部隊を作り出した。
しかし残念なことに防衛は失敗し悪魔との国境にある3つの要塞のうち2つが陥落し、中央も悪魔の支配下に落ちてしまった。
「いつもならここまで大規模な攻勢は無く小競り合いがほとんどだったのですが、今回はどうやら教国攻略をしていた魔王が直々に率いていたらしく」
「はああぁぁ魔王!? なんで!?」
「は? た、確かに急な方針転換でしたが、そこまで驚くようなことは……。
ゴホン。50年前に復活してから我々は魔王の率いた軍勢にほとんど勝てたためしがなく、教国の防衛線を突破できなかったのは敵としても予想外だったと思われます。
ですから代わりにこちらに来たとしてもそこまで不思議ではないかと。」
(50年前に復活!? 嘘だろ……かぁー歴史の授業だけは受けとくんだった。
てかこの力を保持したままなんだから少し考えれば、……さすがに平和ボケしすぎだな)
「我々王国の油断もありましたが……魔王の力というのは人伝に聞いていたもの以上でした、いまだ思い出すだけで体が震えかねません」
その瞬間だった廊下を走ってくる足音が聞こえ、伺いも無しに兵士の一人が書斎へ入ってきた。
「し、失礼いたします! ただいま北のグリンデン要塞より来た兵達が、要塞が陥落したと申しております!」
「な、なんであると!?」
「ッ!」
俺は壁に掛けてあった地図を額ごと引き剥がし、父のデスクに書類をなぎ倒しながら置いた。
グリンデン要塞と言えば3つある要塞のうちの一つで、北から王国西部へと続く街道を守っている。
(ここが落ちたとなれば)
王国は要塞を全て失った事になる。
しかしそんな事よりも。
……この村から要塞に続く道を指でなぞる。
途中にはある防衛できそうな場所と言えば。アクト川というそれほど大きくない川しかなく、そこを渡河されればこの村まで一直線だ。
それはつまり俺達のいる王国西部への、北から侵攻が容易にできるようになった事を意味し、悪魔に支配された中央部からもザーン川を越えれば侵攻できるため、二方面から挟み撃ちにされる形になってしまっている。
「親父すぐにグリーンハルト伯爵に西部貴族たちを招集するように伝えてくれ」
「そ、それはもちろん構わないのである」
「……ケ、ケント。な、なに企んでる?」
もう一度地図を見る、もしかしたら伯爵はすでに貴族に号令を出しているかもしれないが。
グリンデン要塞が落ちた時間を考えれば、アクト川で防衛できる可能性はかなり低い。
そうなれ二方面の挟撃はますます現実味を帯びてくる。
だから俺は博打に出る事にした。
「ここを見てくれ崖と川で道が狭くなっている。ここなら少数でも戦える可能性がある」
「ま、まさか。ならんのである!? 今回はいつもの賊討伐とは違うので――」
「――わかってるよ親父」
スイッチが切り替わる音がした気がする。
(久しぶりだ、この感覚も)
腹の底からマグマのように昇ってくる力、他の邪魔な思考を消し去って戦いのみに集中し鋭利になる感覚。
昔はこんな逆境ばかりだったと嫌な懐かしさが湧いてくる。
「ケ、ケント殿?」
「……変わりませんね、あなたは」
生前何度か見た事のある気圧され若干怯えたように俺を見る表情、それすらまた懐かしく感じる。
「誰かが北を守らなきゃいけない」
重たげに揺れ、黄金海と見まがう収穫期の畑。
そこらの道端で遊ぶ子供に、酒場で酔いつぶれた旦那を叱る奥さん。
皆が汗水働き何年何世代にもわたり生活してきたこの村を。
「……悪魔共はこの村を、いや手に入れた何もかもをすべて。脈々と紡がれた歴史やそこに住んでいた者たちを……一夜にして無価値な灰へと変えてしまう。
そんな事は絶対に許さない」
「そ、それは吾輩だって同じ気持ちであるが。し、しかしグリンデン要塞が落ちたとなれば最低万の軍勢は居るのである! わ、吾輩は息子をそんな戦いに向かわせることなど許可できないのである!!」
(ほんと、俺には勿体ない親だよ)
「親父、この戦い絶対に勝てる。俺を信じてくれないか?」
俺は確信を持ってそう言える。
このくらいの逆境何て前世で何度も味わってきた。
だが俺に前世があるなんてもちろんわかるわけのない親父には、若者が血気盛んになっているだけに見えているのだろう。
俺を信じる気持ちはあってもいまだ渋っている。
そのため、もう一度説得しようと口を開いた。
――その時――その瞬間、俺の耳に鈴の音の様に美しく、強烈な既視感を覚える声が聞こえてきた。
「ならわたくしの騎士団も助力いたしますわ」
「お、お嬢様!?」
ひと時だって彼女の事を忘れた事などなかった。
聞き間違いか? いや間違えるわけが……。体中を駆け巡る疑念と歓喜に体がこらえきれず振り向けば。
フードを脱いだその姿は、鮮やかに燃えるかのようなその赤髪は。
「このアリシア・ブルークライト。微力ながら助太刀いたします」
もしかしたら俺は出来すぎたお話の中の住人なのかもしれないと、そう思わせる彼女の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます