第5話・月夜の再開

 虫の時間、夜の帳が下りた頃俺は周りに聞こえているのではないかと思うほど、煩い胸の鼓動に突き動かされるように屋根を進んでいく。

 夕方の話し合いはアリシアの鶴の一声でディアナも協力する事になり、父は騎士団長がいるのならとしぶしぶ折れる結果となった。

 そして明日に向け解散となったのだが、俺には確認しなければいけない事があった。


(君とまた…………アリシア……。

 生まれ直してから何度も考えた)


 館の屋根を移動し来客用の部屋の真上で足を止めた。

 体を突き破り飛び出ていきそうなほど激しい鼓動を何とか抑え、もしも違かった事を考え、屋根にぶら下がって慎重に部屋の中を覗き込んだ。


 ――月明かりが淡く差し込む薄暗い部屋で青い瞳が俺を貫いた。


「ッ! おわッ!?」


 体勢を崩し屋根から落っこちそうになったが、何とか窓枠を掴み助かった。

 まさか起きて、しかも俺を来ることを予想していたかのように窓を見ているとは思ってもいなかった。


「ふふ、……変わりませんね」


 窓が開き、月をバックにしとして彼女が俺を覗き込む。


(ああ、あああ……!)


「君……なのか……」


「ええ、わたくしですよ」


 差し伸べられた陶磁器のような手を掴み窓から部屋に入る。

 何度だって見た事のある自分の家の一室なに、どこか彼女の気品さがあるように感じてしまう。

 ――突然背中に衝撃を感じた。


「……会いたかったですわ……ケント」


 腰に回された手に自分の手を重ねる。


「俺も…………いっぱい……話したい事、あるんだ」


 溢れんばかりの喜びが言葉を詰まらせる、唇に触れる水滴で自分が泣いているのだと気づいた。


「もしかしてって思ってた……この世界に生まれ直して、君もって。……でも書斎で見た時こんな事あり得るのかって、疑った」


「わたくしだって、声を聴いたとき信じられませんでしたわ。……でも、もし本当にあなたなら来てくれると思っていました」


 腕の拘束を優しく外しアリシアに向き直る。


 淡く反射する赤髪は窓から入る風に揺れ、輪郭をなぞるようにつたう光る涙。

 彼女も泣いていた。

 俺は親指でその涙を拭きとり、彼女も同じように俺の涙を拭きとってくれる。


 そして、どちらからだっただろうか。

 多分、同時だった。


 お互いがお互いの背に回した手をもう離さなとばかりに力を込めた。

 溢れてくる言葉はどれも声にならなかった。いや、言葉なんていらなかった。

 彼女の匂い、ぬくもり。

 実感。


「……ずっと……このまま。…………なんて、そうも言っていられませんわね」


「そうだな。……お互いいい年だし」


「まあ! それは昔。今は可憐な少女ですわ」


 わざとらしく体を翻し、お互い我慢できずに小さく笑った。本当、過去に戻ったかの様だった。

 

 虫の演奏会は一体何曲目だろうか。

 月には雲のカーテンコールが掛かり、俺達は目の前の問題へと対処するために話し合うことにした。


「貴方の事は、もちろん信頼しておりますが。

ディアナ達は今世のわたくしの部下なのです。まさか勝算が無いわけではありませんでしょ?」


「もちろん。……だが、それは同時に悪い報告でもあるんだ」


 顔に疑問を浮かべるアリシアから離れ、部屋の中にあったコップを手に取った。

 来賓客に出す金属製のそれを紙屑のように握りつぶし、思いっ切り窓から外に投げ、夜空に消えていった。

 

「その力……!?」


「50年前に現れた魔王は間違いなく俺達が倒した奴と同一人物だ」


 過去数多の戦場を共にし何度も助けれたと同時に呪いでもあるそれは、何の因果か魔王と結びついている。


「なんで復活できたのは分からないが、ともかく奴は生きている」


「……ならこの戦いはますます負けるわけにはいきませんわね。もう、もう二度とあの頃の様には……」


「ああ、もちろん。一度倒したんだ、今回だって俺が倒してやる。

……多分それが生まれ変わった理由だと思から」


 拳をきつく握り前世の惨状を思い出す、あんなことはもう二度と起こさせない。


「貴方が変わりないのは分かりましたわ。ですが、あなたのお父上もおっしゃってられましたが。

 わたくしの騎士団とあなたの家の兵士を合わせても800名にしかなりませんわよ」


「いや1000にはとどくと思う、当てがあるんだ。……それに俺は勝とうとは思ってない」


 アリシアから驚愕の声が漏れた。いくら俺が強くたって最低1万対1000、とてもじゃないが戦いになんかならない。

 だが、直接勝てなくたってやり方はいくらだってある。


「あの頃はこんな戦い、何度だってあったよな。……ところで軍隊に一番必要な物ってなんだかわかるか?」


「物資……。敵の補給線を分断しようとしていらっしゃるのですね」


「決定じゃないけどな」


 軍隊というのはデカくなればデカくなるだけ物資の消費が激しくなる、隘路を通ることを考えれば補給隊を襲うのはそう難しくないが。


「問題は川を使った補給をされると意味がないという事だ」


 王国西部領と中央領の間を流れるザーン川を使い、北から補給船を出されると攻撃の意味が薄れてしまう。


「それじゃ……どうして。……ッ! なるほど! ケント、あなた各個撃破を狙っているのですね!」


「その通り、いくら川から補給が出来るといっても確実に相手の足は止まる。その時間を使って北か東、どちらかの軍団を撃滅する」


 明日から今世で一番忙しく、そして熾烈な日々が始まる。俺は体から湧き上がってくる熱を夜の涼風に乗せ、静かにまた顔を出した月を見上げた。

 戦いは嫌いだが強大な敵を打ち破ろうとするこの感覚は好きだった。


「久しぶりに」


「……懐かしいですわね」


 確か最初にやったのはバルドと共に悪魔に挑むことを決めた時だったか、過去に浸りながら俺は握った拳をアリシアへ突き出した。


「なぜ俺が覇王と呼ばれるようになったかもう一度おしえてやるよ」


「えぇ、私が惚れたあなたをまた見せてくださいまし」


 アリシアも同じく握った拳を突き出し、コツンとぶつかり合った。

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