第15話・予想外
染み一つない純白のテーブルクロスが敷かれた机の上には、鮮やかに彩られた付け合わせの野菜と赤みがかった茶色いソースがかかったミディアムレアの肉料理が乗った皿が置かれていて。
両サイドにはナイフとフォークが数本置かれており、コップには黄金色の飲み物で満たされている。
その机に向かって座って静かに食事を取られているのが、おれ達悪魔少将を率いているこの軍の総司令官、悪魔軍将フラウロス様だ。
「昼間の出来事は……誠に申し訳ありませんでした。橋の確保に失敗し人間に敗北するという無様を晒してしまいました。
……いかなる処分をもいけ入れる所存です」
「あの新進気鋭のアクバ様ともあろうお人が。くっくっく! まさか人間ごときに敗北を喫するなんてなぁ。あっはっは!! こいつは傑作だ!」
「くぅ!! てめぇ……」
(上へのごますりを繰り返し、腰ぎんちゃくとして今の地位に上り詰めたこいつに馬鹿にされるなんてッ!)
「マルギルスだまっていなさい。それで相手の情報は?」
フラウロス様は口元を拭きながら今にも飛びかかろうとした俺を視線で諫め、マルギルスもいつもの上司では無いため素直に引き下がった。
「そいつは背丈が人間の平均より少し大きいと感じました。そして黒髪で金色の瞳を持ち、何よりも黒い剣を所持していました。そして……失礼ながら悪魔軍将様方でも勝てないかと思われるほどに強力な腕力をしていました」
「おまえなんだその言い草は! 悪魔軍将様方でも勝てない――」
「――黙れと言っただろ! アクバよ一つ聞き捨てならない事を言っているな」
また俺に噛みつこうとしたマルギルスを、いつの間にか立ち上がっていたフラウロスが再度注意しながら俺の傍へとやってきた。
「黒い剣と言ったがどんなものだったか細かく覚えているか?」
「は、はっ! 確か剣の柄にルビーと思わしき赤い宝石が埋め込まれ。刀身は片刃で私の腰ほどもある大きさでした。
それに各所には金の装飾がなされかなり華美な印象を受けました」
そう説明をしていたら、フラウロス様は腰から剣を引き抜く俺の目の前の地面に突き刺した。
その剣は俺が見たあの人間の剣と瓜二つで違う所は宝石が緑色な事だけだ。
「この剣に似ていたか?」
「そうです、宝石以外まるっきり同じものを……」
「なるほど。…………それの剣はダンタリオンが魔王様より授かった悪魔軍将の証だ」
「ダ、ダンタリオン様の剣!? そ、それをどうして人間が持っているのですか!? あ。なるほどダンタリオン様って意外におっちょこちょいでうっかり奪われてしまったとか……」
「あり得ない。ダンタリオンは魔王様より剣を授かり感涙の涙を流すほどだ、まず間違いなく肌身から離すはずがない」
「ではダンタリオン将軍が人間ごときに敗北したという事ですか!?」
「そうなるだろうな」とそう言ったっきりフラウロス様は腕を組み考えごとをしてしまった。
俺は思ってもいなかった事態に、呆けてマルギルスなんかと顔を見あってしまった。
やつも俺と同じような顔をしている。
「ダンタリオンが打たれてとなれば北の軍は壊滅しているだろうな。
……ならば明日以降もにらみ合いを続けたところで意味が無いな。
アクバ、マルギルス。明日、渡河作戦を行い目前の敵軍を撃破するぞ」
「お、お待ちください! ダンタリオン様が敗北した相手にいきなり攻撃というもの……」
「なんだなんだアクバ。こ、怖いならママの所にでも帰ってな。ダ、ダンタリオン様が負けたの何てまぐれに決まっている」
上司の言葉に盲目に追従するこの男に俺は苛立ちが湧いてくる。どれだけ油断していようとダンタリオン様が負けた相手を軽視していいはずがないのだ。
「お、臆病者はさっさと失せろ」
「お、おれが臆病者だと! てめぇマルギルス!」
「二人ともやめろ! アクバの懸念ももっともだが、数において我が軍が圧倒的に勝っている。
それに数が多いとなれば補給の問題も出てくるし、中央で撃破した敵の残党が合流する可能性もある。今の状況では速攻が適当だ」
それでも。
それでもだった。
俺は何とも言い難い不安感が渦巻いていた。
いまだに俺が不服だと思ったフラウロス様は、俺の方に優しく手を置き諭すような声音で話をつづけた。
「それにお前が懸念している人間への対策も考えている。
お前には全騎兵を預ける。その部隊を率いて橋前に布陣しろ。
さすれば敵軍は数が少なく橋に歩兵を配置しようとすれば渡河が成功してしまう。だから必ずその人間が対応に出てくるはずだ。
アクバよ、お前には大いに期待している。必ずやその人間を封じ込める事が出来ると儂は思っている」
まさか敗北した俺がフラウロス様からここまで期待を持たれているとは思っても居なかった。
俺はこの期待を裏切ることだけは絶対にしないと強く誓った。
「必ずや。必ずやこのアクバ! 雪辱を晴らしフラウロス様のご期待にお答えいたします!」
「ケッ!」
恨めし気に俺を睨むマルギルスを無視してフラウロス様の陣幕を出た。
体中に気力が満ち、いつの間にか俺から懸念は消え必ずやり遂げるという覚悟だけが残っていた。
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