第8話・実力の証明
「まっじぃーな。貴族の犬なのにいつもこんなもん食ってんのかあんたら?」
どす黒く木の根のように固く塩辛い干し肉を噛みちぎる。
「うるさいな、あんたが何か食い物無いかっていうからあげたのに。
要らないなら返してくれ僕が食べるから」
「戦いの前は腹に何か詰めておきたいんだ。こんなんでもな」
そういってオレは残りの干し肉を口へ放った。
だがそれは失敗だった。口の中の水分を全て吸い取って、いくら噛んでも飲み込めなくだんだんと顎がつかれてきた。
それにオレはこいつに聞くことがあった。
「おいおまえ、たしかセドリックとか呼ばれてたのよな」
「そうだけどって、汚いなぁ食べながら喋るなよ……」
「今回の作戦って崖の崩壊がきもになるだろ? でもよ、あの崖そんな崩壊させられそうな細工何て見当たらなかったんだが。
一体どうやって崩壊させる予定なんだ?」
「いや僕も聞いてない……」
「前々からこんな機会を想定してたりしなかったのか?」
「無い……と思い。少なくとも僕がオレンジブル家の兵士長になってからはそう言った話は聞いたことが無い」
「……ならよ、ボスは本当にどうやって崖を崩壊させる気なんだ?」
「それは分からないけど……でも若様ならきっとやってくれるよ」
この場に似つかわしくない明るい声だった。
少し微笑みをたたえたその表情からは、今の所ボスと呼んでいるあの小僧への信頼が感じられた。
「おいおい、どうしてそんなに信頼できるんだ? ボスが失敗してみろ、俺達はケツを悪魔共に炙られながら逃げることになるんだぞ?」
「若様を疑った事なんて、それこそいくらでもあったけど。僕の不安が当たった事なんて一度だってなかったんだ。
若様は自らがおっしゃった事は全て成し遂げられた。今回もきっと秘策があるに違いない」
意外だった、いかにも小心者ですって雰囲気の、少年の様な容姿をしたこの男からそんな言葉が出てくるなんて。そう感心していた時。
「敵の斥候だ!」
小声ながら力のこもったその声に俺達は全員身を伏せた。
微かに聞こえる足音はどんどんと近づいてきているよう気がする。
一筋の汗が顎から滴り落ちた。
ふと横を見てみれば、さっきまで胸を張っていたやつとは思えないほど、頭を抱えうずくまる無様なセドリックがいた。
まるで祈るようなその姿を神はお気に召したのかもしれない。
斥候は途中で進路を変更したらしく足音が違う方へと向かって行った。
だが、斥候が来たのはこれが初めてではない。だんだんと間隔が狭くなり、敵軍の接近を知らせてくれている。
オレは口に残っていた干し肉を呑み込んだ。
ホッとため息をつくこいつを信頼させる、ボスの手腕ってやつに期待してみることにした。
わたしは今まさに不安と不満に苛まれ、人生の分岐点に立っているのだと感じていた。
(このままケント殿の指揮のもと戦ってよいものだろうか……)
ケント殿から感じる得も言われぬ感覚は、英雄のそれか狂人のたぐいのものか……。
土の香りが強く鼻をつき、腐葉土でできた地面に鎧の重さで足が沈み込む。
隣にいる愛馬が葉っぱを口に含んでは吐き出すという行為を繰り返しており、この場に置いてわたしの精神的な安定に寄与していた。
わたし達はケント殿達が潜んでいる崖からは少し離れた平らな藪の中に馬ごと隠れていた。
作戦では私たちは敵が混乱を起こしてから攻撃を開始する事になっており、そのタイミングはこちらに一任されていた。
「不安ですか?」
「お嬢様……」
守るべきお方であるお嬢様に自身の心境を見透かされるという恥をさらしてしまい、わたしは深く頭を下げ謝罪をする
しかし私は一つどうしても解せない事があり、恥を忍んでそれを質問してみることにした。
「アシリアお嬢様は、どこかでケント殿とお会いした事があるのでしょうか?」
「どうしたの? 突然そんな質問をされて?」
「いえ……。ケント殿をとても信頼されているように見ましたもので。どこかでその実力を知るような機会があったのだろかと……」
そう言うとお嬢様はしなやかな指を顎に当て。
しばらく考えた後に、わたしにウィンクをなされ茶目っ気たっぷりな笑顔を浮かべられた。
「あの時書斎でお会いになったのが初めてですわ」
ますますわたしの疑問は膨らんだ。
「それでしたら、どうしてそこまで信頼をすることができるのですか?」
「そうですわね……わたくしにとっては、あの人は闇を切り開く希望。
光そのものだと思ってますわ」
「な、なぜそのようなお考えに。わたしも居りましたが、つい昨日出会った彼がそこまでの人物とはとても思えませんでした。
……失礼を承知で忠言させていただきますが。今のお嬢様のありようは、恋に浮かれ盲目になっているかのように感じられます」
「言いえて妙ですわね」
処罰を受ける覚悟のうえで強く忠言したつもりだったのだが、お嬢様は笑みを崩されることはなくコロコロと鈴の音のようにお笑いになるばかりだった。
「はっきり申し上げます。ケント殿を信頼されるのはおやめください。
今からでも遅くありません、すぐにこの戦場を離脱しグリーンハルト伯爵様の所へ向かいましょう」
そう言いお嬢様の手を掴もうとしたその時だった。
「敵先方が崖を通過しました! もうしばらくでこの場所に通りかかります!」
舌打ちが出る、判断が遅かった。
今逃げれば好き放題に敵の攻撃を許すことになる。
自らを失態を嘆き怒りを抱いていたら。強烈な威圧感が体を貫き身動きが取れなくなり、本能的に向いた崖の方から目を離せなくなった。
「ひさしぶりですわ」
なにがでしょうか? とは口が動かなかった。
――次の瞬間、天高くまで土煙が立ち昇り。少し遅れて風圧を伴った強烈な衝撃波が襲ってき兜が脱げそうになった。
だが……不思議な事に恐怖は感じなかった。
そして轟音を立てながら予定通りに崖が崩壊し敵軍の中央を押しつぶし。
川にまでなだれ込んだ土砂は道を完全に封鎖した。
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