第24話・幕間:帝国の夜
男たちの喧騒がこの店の象徴になっている酒場「子羊と小麦亭」
俺っちは気だるげに肩を落としながら入り口の扉を開いた。
蝋燭で照らされた店内は薄暗いが、そんなことをいっさい思わせないほどに活気にあふれていた。
酔っ払い共に絡まれないよう大げさに避けながらカウンター席へとたどり着き、いつもの席が空いていたのでそこに座る。
「今回はどうだった?」
するとこの店には似つかわしくない小奇麗で髪をオールバックで顔に傷のある男、店主のバルガが話しかけてきた。
「全然だめだった。いつもの奴だけいつも通り裏口において置いたよ」
俺っちは商人になって日が浅いが、昔この酒場で働いていた伝手で仕入れを任されている。
いつも定期的にいろんな酒を仕入れがてら各地を歩いているのだが、今回は上手くいかなかった。
「ルクセーニアに行くつもりだったのに、悪魔が攻めて来たとかで国境を通れなくなっちまった。たくッ、せっかく名物のリンゴ酒を取引しようと思っていたのに」
「そりゃ残念だ。俺も飲んでみたかったぜ」
「それだけじゃない、お貴族様方はますます俺達商人への締め付けを強くする。3割増しだぞ!? 前のと合わせて半分も税に持っていかれる何ておかしいだろうがよ……」
注文せずともいつも頼んでいるハチミツ酒が出され、俺は鬱憤と共に一気飲みしておかわりを要求した。
それにお気に入りになっている商人には特権を与えている事が、更に不公平を加速させ苛立ちが募っていく。
「それにいまだにマリエンブルクへ行けないって。一体どういう事なんだってんだ? マリエンブルクのルクレーツ産ワインも取り扱いたいってのに」
口開けば愚痴ばかり、店主にはこんな話ばかりして悪いとは思っているが。飲んで吐き出さなければやってられない。
今回の仕入れも赤字だし、その前も赤字。そろそろさすがに懐がやばくなってきていた。
そうして酒がまわりだし気持ちよくなってきたそんな時に、いきなり男二人が俺っちを挟んで両側に座った。
鈍い頭でもさすがに危機感を感じ取り、すぐに席を立ち上ろうとしたが右の男に服を掴まれた。
「だ――」
「――商談がある」
無様だろうと何だろうと叫び声をあげれば、店の中には屈強な客は珍しくないため一人ぐらいは助けてくれるだろうと思ったが。続く言葉で取りやめた。
とりあえず暴力などの危険はないだろうと感じ、逆にこの場を逃げて最後通牒を受け取らなかったから商売を潰すと言われる方が嫌だったため。
俺っちはしぶしぶ椅子に座り直したが恐怖は無くなってはいない、包丁を前にした食材の気分だった。
「マリエンブルクに行きたいと言っていたな。行って何をしたい、本当にワインだけか? それ以外に取扱い品は無いのか?」
(なんだ、どうしてこんな質問をする? 俺っちがマリエンブルクに行くのが不都合なのか? ……そんなわけない、俺っち何て吹けば飛ぶような弱小商人。
なら、こいつらにとって何か取引をしてほしいものがあるのか?)
多分だが、この男たちはマリエンブルクに何か関係する者達なのだろう。そんな奴らが俺っちに接触したのは……。
大物商人には帝国貴族の息がかかっていて不都合が生じるのだろう。
それに風の噂だが、マリエンブルクではいまだに反乱軍が湧いているらしく。帝国はその対応に苦労し通行を制限しているという話だ。
この二つの情報を合わせ、こいつの求めている答えというのは。
「――武具の取り扱い……も考えていた所でさぁ」
博打。
考えが外れていれば笑いもの。帝国の関係者なら打ち首になるかもしれない。
だが、間違いなく降ってきたチャンスだと思った。今の状況を脱し、でっかくなるチャンスだと。
「……驚いた」
賭けはどうやら勝ったらしい。
「だから言ったではないですか。私は目には自信があるんです」
目を見開いてこちらを凝視する男に、今まで話に入ってこなかった左の男が茶々を入れた。
「私はスズキ傭兵団の団長をしています」
そう言って手を差し出してきたのでとりあえず握手をする。しかしスズキ傭兵団何て珍しい名前だし聞いたことも無かった。
「それで、そろそろ答え合わせが欲しいのですが……」
「……まあいいだろう。お前の思っている通りだ、わたしマリエンブルク王宮騎士のマルスという」
王宮騎士! 想像以上の大物だったことに、俺っちは少し腰が引けながら握手を交わした。
いつの間にか店主は離れており、キッチンの隅の方へと移動していた。
「お、おれっちはニックっていいやす。へへ、しがない商人を営んでいやす」
「ではニック……本題を話そう」
そう言ってマルスは懐から折りたたまれた紙を取り出し渡してきたが、この場では開くなと言われた。
「その紙にはマリエンブルクへの裏道が記されている。お前にはワインの酒造家へ顔を繋ぐ代わりに、我々と武具の取引をしてもらいたい。
もちろん値段には期待してもらっていい」
チャンスは逃すもんじゃなかった。今の状況を打破し、なおかつ貴族や大物商人たちの鼻を明かすいい機会だ。
自らの顔がゆがむのが分かった、これは明確な国家反逆。
だが今の俺っちはその帝国のせいでこうなっているのだから、悪魔だろうと何だろうと手を握る覚悟を決めた。
俺っちは懐から愛用のメモ帳を取り出し顧客の要望を書き留める。
夜はますます深くなっていく、秘め事を覆い隠すが如く。
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