店先で


 その猫はじっと外を見ている。


 いつも店先でじっと見ている。


 視線を逸らすことなく、毎日じっと外を見ているのだ。

 


 創業五十年の小さな団子屋の店先で、三毛柄のその猫は、いつも猫専用の赤い座布団に座り、静かにじっと店の外を見ていた。

 お店のショーケースには出来上がったばかりのお団子が並べられている。

 みたらし、あんこ、黒胡麻、きなこ、胡桃、よもぎ、醤油、ずんだ、白味噌。種類も豊富にある。

 団子だけでなく、揚げ饅頭やおかきも並べられている。

 この店は団子も美味いが、揚げ饅頭も格別に美味く人気商品なのだ。表面はサクッとした生地で、中にはしっとりしたあんこと胡桃の食感が楽しめる。


 店先の通りを歩いていた若い女性が立ち止まって、団子屋の看板を見ている。

 ふと店の中からの猫の視線に気づいた。女性は猫を見る。猫は視線を外さずにじっと正面を見る。猫は絵に描いたような真っ黒な目でじっと見ている。


 さらに女性は店内の様子を眺めた。そして猫の視線に吸い寄せられるように……、というわけではなく、むしろ団子のビジュアルと匂いに誘われて店内へと入って行った。

 色とりどり宝石のように艶々に輝いている団子を女性は眺めた。

 その間も猫はじっと外を見ている。


「じゃあ、これと……、これ、あとこれも。二本づつ。あ、あと揚げ饅頭もお願いします」

 選んだ団子は三種類とも売上トップスリーのものだ。

「こちらはおいくつにしましょうか?」店主の男性が尋ねる。

「二個、お願いします」

 店主は「あいよ」と言うと、ひょいひょいと団子を取ると、左手に持った透明なプラスチックの入れ物に詰めていく。さらに揚げ饅頭をトングで掴むと、紙包みに入れて手際よく包む。それらをまとめて紙袋に入れた。

 猫はじっと無表情で外を見ている。


「ありがとうございました」

「あ、あの。写真撮ってもいいですか?」

 女性客が団子が並べられているショーケースを指差す。

 「構わないよ」店主が許可をすると、女性客はスマホを取り出し構図をいくつか変えては写真を撮っていた。

 その中には、外をじっと見ている猫も被写体として写していた。

 それから「ありがとうございました」と店主に会釈をして出て行った。


 それと同時にまた別の客が店内に入ってきた。男性客でこの店の常連だ。彼は猫の視線に吸い込まれたわけでも、団子の匂いに誘われたわけでもなく、もはや習慣として週に二、三回この団子屋に来ているのだ。

 猫も彼が来たからと動じることもなく、いつものように無感情のまま、じっと外を見ていた。


「これから雨だってよ」店主が挨拶がわりに男性と話す。

「急に寒くなったなぁ」

 男性はショーケースに肘をつき、手に顎を乗せて、猫と同じように外を見ている。外は確かに曇り始めていた。


 その間、店主は彼が何も言わなくても「いつもの団子」を数点取っては包装している。男性のお気に入りは黒胡麻団子だ。男性はほぼ毎日、この店の黒胡麻団子を一串食べている。団子は日が経つと固くなってしまうので、こうして定期的に購入に来ているのだ。

 お互い金額を言わずとも支払額を把握している。男性はポケットから小銭を取り出し、トレーの上にジャラジャラと置いた。


 店主は会計ぴったりの小銭をトレーから受け取り、レジ打ちをしている。

 男性は、外をじっと見ている猫を見ながら「どう? 最近は繁盛してる?」と店主に訊いた。

 レジからレシートが出てくるが、男性はいつも受け取らないので、今日もその場でゴミ箱に捨てた。


「ほら、この前、グルメ雑誌に載ったって話したろ?」店主が団子を渡す。

「おう。言ってたな」

「その効果なのか、若い客層が増えたんだよな」

 先ほどの女性も店先を眺める様子や、選んだ団子の種類、写真撮影などからグルメ雑誌を見て来た客と思われる。


「そりゃ、よかったなあ」

「それが大変でよ。揚げ饅頭なんか製造数増やさなきゃならんし」

「嬉しい悲鳴じゃないか。売れてるんだから」

「そうだけどよ、繁盛したところで贅沢もせんからなあ」

 店主は続けて「疲れるだけだから、そんな売れんでもいいんだよ」と言った。


「そんなこと言ったら、こいつも悲しむぞ」

 男性客はずっと外を見ている猫の頭を撫でた。


 店主は「そうか」と呟くと、


「こいつのおかげで商売繁盛してるのかもな。一度しまうか、その招き猫」


 と笑いながら言った。



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