人間みたいな名前の猫


 世の中には人間みたいな名前のついた猫がいる。三郎、次郎、昴、花、萌香、さくら、凛……。


 杉本家の猫もそうだった。

琥太郎こたろうが「にゃー」と言った。

 琥太郎は一歳のオスだ。まだ小さいから脱走防止の囲いの中にいる。


 反対に僕は、囲いの外で琥太郎を見守っている。僕もまだ三歳で小さいから、安全のために琥太郎に触れるのは制限されている。

 囲いは琥太郎も僕も登れないくらいの高さがある。


 ママが言うには、猫と子供が同じ空間で過ごすには気をつけなければいけないことがたくさんあるらしい。パパと話していた。


 例えば、子供は好奇心旺盛で猫の身体を容赦なくベタベタ触るらしい。猫はそれが攻撃と捉え、子供に猫パンチを喰らわせるようだ。僕はもちろんそんな節度ないことしないし、琥太郎だってそんな攻撃的な態度は取らない。むしろ大人しくしている。


 他にも、子供は成長過程において周りの真似をすることが多くなるそうだ。親が「あー」と言ったら、それに合わせて子供も「あー」と言ったり、手をグーパーしたら、子供も手をグーパーして真似るそうだ。


 子供のその真似ぐせは猫に対してもする事があり、例えば、近くで猫がご飯を食べていると、子供はそのご飯を食べようと手を出して口に入れる真似をするそうだ。当然だけど猫と子供は食べる物が異なるので、与えてはいけない物が子供の口に入らないように注意しなければいけない。また、猫は猫で自分の食べ物を盗られたと認識してしまい、子供に対して危害を加えることがあるそうだ。


 僕は子供だけど、そこまで赤ちゃんではない。言葉は話せなくても常識ぐらい身についているし、こうして頭では理解して考えることぐらいできる。だからそんな常識はずれのことなんかしない。


 だけどママは、安全のためにと言って、僕が直接琥太郎と触れ合う機会はあまり設けてもらえない。琥太郎の寝顔がかわいくて、横で一緒に寝たいのだけど、ダメと言われている。


 それから琥太郎はよくミルクを飲んでいる。僕はもうそんな歳じゃないから飲まないけど、琥太郎が美味しそうに飲んでいるのを見ると、たまには飲みたくなる時もある。ママにせがむと「しょうがないわねぇ、ちょっとだけだよ」と言って、冷蔵庫から出した牛乳を取り分けてくれる。たまに飲むと美味しい。


「夕飯の支度をするから一人で遊んでてね」とママに言われた。僕は初め言われた通りに自分のおもちゃで遊んだり、家の中を一人で走ったりして遊んでいたけれど、そのうち飽きてしまった。


 琥太郎と遊ぼうと囲いの前までくる。琥太郎はおもちゃで遊んでいた。お気に入りは転がすと音が鳴る色のついたボールのおもちゃだ。脱走防止の囲いの中で、転がしては追いかけ、また転がしては追いかけてを繰り返している。


 それを見てると楽しそうで僕も混ざって遊びたいなと思い、琥太郎に向かって、琥太郎、遊ぼうと言った。


 すると琥太郎は遊んでいた動きを止めて、こちらに向かって「にゃー、にゃー」と話してきた。


 琥太郎は僕の方に近づいてきて、柵の隙間からこちらをじっと見つめてきた。僕のことを不思議なものを見るような目で見ている。僕は琥太郎を見つめ返す。

 猫と人間の子供は姿形が違うのだから、不思議と思うのも無理ない。僕だって最初、琥太郎が家に来た時、得体の知れない生き物だと思って、その姿をまじまじと見てしまったのだから。


 琥太郎が柵の隙間から手を出してきて、僕に触れようとしてきた。僕も琥太郎に触れようとした時、ちょうどママがやってきて「それはダメよ」と、制限されてしまった。少しぐらいいいじゃないか、と僕は思った。


 やがてパパが外から帰って来て、みんなで夕食を食べた。ママとパパは同じご飯で、僕と琥太郎はそれぞれ異なるご飯だった。

 食後、琥太郎はパパに抱っこされては気持ちよさそうにしていた。僕も抱っこして欲しそうに見ていると、ママが僕を抱っこしてくれた。身体を左右に揺らしてくれる。


 やがて琥太郎はタワーの上に移されてそこで寝てしまった。


 僕はタワーの上には行けないので、そこがどんな感じになっているか分からない。


 ママの腕から降ろされ、下からタワーの様子を見ているとパパが話しかけてきた。



「ハヤト、どうした? 琥太郎のベビーベッドが気になるのか?」 


 僕はパパを見ながら返事した。


「にゃー、にゃー」




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