私のしごと
「がぷさん、お家決まってよかったねぇ。お姉さんが連れていってくれるって」
お客様が必要書類の記入を終え会計を済ませたら、シンガプーラを引き渡した。
「がぷさん、元気でね」二階の階段前でお客様とシンガプーラの入った段ボールに向かって手を振った。
シンガプーラの入っていたケージに、「新しい家族が決まりました」と書かれた札を貼った。閉店後にはケージ掃除して、また新しい猫を仕入れなければ。
犬猫が好きな私にとって、ペットショップ店員の仕事はとてもやりがいがあり、毎日充実している。子供の頃から動物と関わる仕事がしたく、専門学校で愛玩動物飼養管理士の資格も取得し、ペットショップ店員になった。
ペットショップ店員になるために特段資格は必要ないのだけれど、動物の習性を理解し、より適切な環境を提供できるように知識を持っていた方が良いと考え、資格を取得したのだ。
資格取得の甲斐あって、普段の業務にもその知識を活かすことが出来ている。
しかしどんなに好きな仕事だとしても、資格取得して知識を得ていたとしても、経験して初めて分かったキツい業務や働く前から感じていた業界に対する風当たりの悪さを実際に働いてみて実感したことで、悩みも尽きない。
キツい業務というのは、私の場合、ほぼワンオペで全ての業務をこなさなければならないことだ。
一階が犬フロア、二階が猫フロアになっているのだけれど、小さなペットショップで二階フロアの業務全般を、私一人で行っているのだ。
主な業務は、猫の給餌、給水、排泄処理、ブラッシングや爪切り、体調管理に、ケージの掃除、温度管理、皿やおもちゃの洗浄、消毒、販売接客に、ペット用品の品出し、陳列、店頭POPの作成、会計処理、SNSによる発信などなど、あげたらキリがない。それを毎日ほぼ一人でこなす必要があるのだ。
お客様対応をしながら、十二頭の猫たちに異状がないかも同時に気にかけておかなければならない。
犬フロアは扱う頭数も多く、また総合窓口が一階であることからも、担当スタッフが常時三人もついている。それに比べ猫フロアは常時いるのは私のみであり、その処遇に対して店長に相談したこともあったが、真剣に取り合ってくれなかった。むしろ資格持ちの私に対して「安心して猫フロアを任せられる」と半ばやりがい搾取のような言葉を言われたのだ。
ペットショップの人手不足は、何も私の働いている店だけでなく割と業界全体の問題である。
肉体労働や日々のこなす業務量が多い割に給料は安いことに加え、生体販売をしているペットショプであれば休日や年末年始関係なく、生体管理が必要になってくる。
そのことからアルバイトも長続きせず、入れ替わりが激しい。常時人手不足であり残業も多い。あまり大きな声では言えないが、私の会社はサービス残業になっているのが実情だ。
人手不足により生体管理が疎かにならないように、数年前に動物愛護法が改正された。動物の飼養や保管に従事する従事者一人当たりに対する頭数上限が定められたのだ。
その頭数は犬と猫でそれぞれ数が決まっており、また年々、段階的に強化されている。現在では猫の場合、一人当たり三十頭が管理頭数の上限となっている。
私の勤めるペットショップの猫は、バックヤードにいる猫を含めても最大で十五頭までとなり、管理頭数から見ると半数ではあるが、それでも他の業務も全てワンオペとなるとかなりキツい。
ただ、この普段の業務のキツさはなんとか耐えることが出来ている。それは楽しいことも多いからだ。
例えば、食事の時間。私がバックヤードに入り食事の準備をすると、猫たちはそれが自分たちのものだとすぐに分かるようで、一斉に「ちょうだい、ちょうだい」と鳴き出す。ケージを開けてご飯を置くときには、目を輝かせて「待ってました」と言わんばかりに、ガツガツと食べる。その姿がとてもかわいらしくて、この仕事をしていてよかったと思える一つだ。
それから営業時間終了後に、入り口を閉めてから猫たちをケージの外に出す。一日中狭いケージの中だとストレスが溜まってしまうので、フロア内を自由に遊ばせるのだ。自由に走り回る子もいれば、私が猫用のおもちゃで遊ばせる子もいる。蝶々のようにふわふわとおもちゃを揺らすと、猫たちは姿勢を低くし、お尻をふりふりしながら、丸く輝いたふたつの瞳でそのおもちゃをロックオンする。左に揺らすと、みんな左に向き、右に揺らすと、みんな一斉に右を向く。そのうちの一頭が、ぴょんと飛び出し、おもちゃめがけて駆けてくる。おもちゃを掴むすんでのところで、ひょいとおもちゃを動かすと、標的を見失った猫は、どこだどこだと周りを探し出す。そしてまた今度は別の猫が、おもちゃに向かってジャンプする。
そんな愛くるしい姿を見ると、一日の疲れが一瞬で吹き飛ぶのだ。
それからもちろん、お客様と動物たちの出会いを繋げることができることもやりがいがあり楽しい。
先ほどシンガプーラを購入したお客様なんて、毎日のように店に来てはシンガプーラのケージの前に立って購入を検討してくれたし、シンガプーラの方もお客様の顔を覚えたのか、他のお客様が見ている時よりも、ずっと嬉しそうな目をして、お客様を見つめながらぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
そんなお客様と動物を引き合わせることができるのは、本当にこの仕事をして良かったと思えるのだ。
だけど、昨今はそのペットショップでの生体販売自体が、世間では風当たりが悪い。
ペットショップでは犬猫は商品という「物」としての扱い方であったり、一日中狭いケージの中にいること、常に人目に晒されている状態、営利目的による過剰な繁殖実態、杜撰な飼育、お迎えがないまま行き場のない子たちの存在、さらには手軽に購入できるために、動物を飼うという知識が浅いままに衝動買いして、無責任な飼育、しまいには飼育放棄する問題もあり、動物愛護の観点、倫理、道徳的な視点から、生体販売については疑問の声が上がっている。
イギリスでは、生後六ヶ月未満の犬猫をペットショップで販売するのが禁止になり、アメリカの一部州やフランスでも販売規制が進んでいるのだ。
私自身、目の前の子たちが不幸になるのは見たくない。殺処分や飼育放棄のことを考えると、生体販売の必要性は疑問を感じている。ただ、働いている身として、必ずしもそうだとも言えず、非常に悩ましい。
きれいごとのように聞こえるかもしれないけれど、物として扱われるのではなく、同じ命あるものとして見ていきたい。
だから私は、トリマーの資格を取って、販売だけじゃなく動物たちの美容や健康をサポートできるようになりたいと思って日々頑張っている。
ケージを開けると、猫たちが宝石のような眼を爛々と輝かせて、「ちょうだいちょうだい」と鳴いた。
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