好きなもの。嫌いなもの。
茶トラのミックスオス猫のぷっぷと、ハチワレ白黒オス猫のティコろんはいつも一緒だ。ぷっぷは大阪のペットショップでなぜか鳥かごに入って売られていた。もう十数年も前の話だ。
ティコろんは前足を怪我して捨てられていた猫だ。鋭利なもので切りつけられていて、たぶん心無い人間にやられたのだろう。獣医師には、「足の傷が深くて、野生でやっていくのは厳しいですね」と言われ飼ったのだけれど、今では後遺症もなく元気でやっている。こちらも十数年も前の話だ。
ぷっぷが半年だけお兄さん、といってもぷっぷもティコろんも正確な年齢は分からないから推定ではあるが、小さい頃からティコろんの面倒をよく見てくれる。ぷっぷは人間界で言うとサラリーマンのような性格だ。いつも「にゃっ」と飼い主に従順な返事をしてくれて、嫌な顔一つを見せない。
だけど、初めて会う人は苦手なようで、友人を家に呼んだ時、その場では愛想良く「にゃっ」と返事していたのに、友人が帰宅した後には部屋の隅でこっそり吐いているのだ。まさにストレス社会に生きるサラリーマンのようだ。
一方、ティコろんは、これぞ猫、というような性格である。自由気ままに過ごしている。ご飯が欲しい時は猫なで声で甘えてきたかと思うと、眠い時には、プイッとそっぽ向いてひとりで寝る。寂しがりなので目の届くところで寝るけど。ぷっぷにばかりかまっていると、「僕にもかまってよ!」と「にゃーん!」と大きく鳴きながら睨まれる。基本的にはわがままで、気まぐれで、甘えたで、寂しがりやの猫だ。
そんなふたりはいつも一緒にいる。丸い猫用クッションの上に、寄り添って仲良く寝ている。背中を丸めお互いの頭をお互いのお腹にうずくまるように丸くなって寝るのだ。その姿はまるで中国の陰陽太極図のマークのようである。
ぷっぷの好きなものは、ネズミの形をしたおもちゃだ。おもちゃを揺らしてあげると、目を丸くして、髭まわりをぷっくりと膨らましては、右へ左へとおもちゃを目で追い、ここぞというタイミングで猫パンチを放つ。
ご飯はカリカリが好きで、ご馳走にはマグロやハマチ、スープ系のもの。猫草をガシガシ食べては壮大に吐き、日向ぼっこが好き。
段ボールを噛みちぎるのが好きで、通販で届いた段ボール箱に入っては、ひたすら噛みちぎって、そこらへんにペッと捨てる。ストレス発散しているかのよう。
「にゃっ」とか「にゃにゃにゃ」とか「にゃにゃん」とか、とにかく色々と飼い主と話すことができて、本当に人間のような猫だ。
ある日、誰もいない自宅から電話がかかってきたことがあった。電話に出ると、「にゃー」とぷっぷの鳴き声が聞こえたのだ。泥棒でも入られたのかと、急いで帰ったが、ぷっぷもティコろんもいつも通り仲良く寝ていた。後で自宅に設置していたペットカメラの映像を見てみると、ぷっぷが電話の上に乗り、偶然にもリダイヤル機能で電話をかけていたことが分かった。そのくらい会話ができる猫なのだ。
それから、空気清浄機が好きで、送風口をじっと見ては、新鮮な空気をクンクンと匂いを嗅いでいる。
飼い主がお風呂に入っている時には、お風呂の蓋に乗ってきて、尻尾だけをお湯につけてゆらゆらと揺らすのも好きだ。
おとなしく優しい猫で、普段、怒ることはほとんどなく、噛むことも引っ掻くこともない。ぷっぷが寝ているところに、ティコろんが上から乗ってきたとしても、「グェッ」と小さく叫ぶものの場所を譲ってくれるのだ。
だけどぷっぷは病院は嫌い。病院に行くと「嫌だ嫌だ」とずっと鳴く。その中でも注射は大嫌いで、血液検査の注射をしようものなら、注射器をじっと睨み、針が自分に近づいてくると、「やめろ」と抵抗し、この時ばかりは飼い主や獣医師の腕を本気で噛んでくる。
一方、ティコろんは、人間が食べるものに興味を示し、なんでも食べたがるとてもグルメな子だ。特に鶏肉が大好きだ。
カセットコンロで水炊きをしていた時なんて、鍋の前で鼻をクンクンさせながら、ずっと鍋の中の鶏肉に目が釘付けになっているのだ。「食べちゃダメだよ」と言えばそれ以上近づくことはないのだけど、その時はちょっと目を離した隙に、鍋に手を入れ鶏肉を取ろうとしたことがあったのだ。鍋の中はそこまで熱くなく、すぐに手を離したので大事には至らなかったが、「ぎゃっ」と悲鳴をあげたので相当驚いたのだろう。
それからファーストフードのフライドチキンも大好きだ。
ある日、人間が食べるためにフライドチキンを買ってくると、ティコろんはクンクンとその匂いにすぐに反応しては、「僕のだ! よこせ!」と言わんばかりに激しく鳴いた。流石に猫の身体に悪いのであげるのは躊躇ったのだけれど、あまりにも激しく鳴くので、衣を剥がし、鶏肉部分をほんの一欠片あげたら「美味しい美味しい」と食べていた。
その夜、キッチンでガサゴソ音がするので覗きにいったら、ゴミ箱を倒して、フライドチキンの骨を漁ろうとしていたので、すぐに止めた。喉に骨が詰まったら大変なことになるので、以来、フライドチキンを食べた時は、ゴミ袋を二重三重にしてしっかり口を止めることにしている。
ティコろんは、窓の外を見るのが好きで、空や鳥を見て過ごし、眠くなったら丸くなってそこで寝ている。またたびも大好きで、爪研ぎ板にまたたびを振りかけてあげると、ティコろんは爪研ぎ板に身体をぐるぐる擦り付けてはまたたびを堪能している。一方、ぷっぷはその横でティコろんの邪魔にならないよう控えめにまたたびを舐めている。
ティコろんは嫌いなものがたくさんある。黒いもの、傘、掃除機の音、ドライヤーの音、水がかかること。嫌いなものが目の前に来ると、その対象物をじっと見ては、視線を逸らすことないまま、そろりそろりと後退りをし、最終的には、尻尾をふーっと膨らませて、「シャーッ!」と威嚇する。嫌いなものが近くまで来ているのを気づかなかった時は、嫌いなものを見た瞬間に壮大に縦跳びする。
ひとりでいることも嫌いだ。常に目の届くところにいる。目鼻立ちが整った甘えたの美人猫。
そんなふたりももう十五歳。老猫になって来た。ずっとずっと、長生きして欲しい。
ぷっぷもティコろんも夜、寝る時はいつも布団に潜ってくる。布団の中から、くりくりとした黒くて丸い四つの目が飼い主を見つめてくる。頭や顎を撫でてやるとふたりともぐるぐると喉を鳴らす。
ぷっぷとティコろんの好きなもの。飼い主、だといいな。
おやすみ。また明日。
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